この点、大いに疑問がある。
Date:2016.10.12
学生の答案中には、時折「この点、」という接続詞(?)が出てくることがあるが、この用語法は、妥当なのだろうか。
この点、予備校の参考答案では、この語句が多用されているし、ごく少数ではあるが、下級審の判決書や教科書でもこの語句が用いられていることがある。したがって、この用語法は、法律文書の用語法として定着しつつあるようにも見える。しかしながら、日本語には「この点、」というような用語法はない。かりにも、判決書は日本国が国家権力の行使として国民に国家の判断内容を示すものなのであるから、その表現形式として正しい日本語を用いなければならない。強いて正しく書き換えるなら、「この点については、」と表記すべきである。
もっとも、「この点については、」と書くのならよいのかといえばそうではなく、「この点については、」も使わない方がよい。その理由は、「この点、」と書こうが「この点については、」と書こうが、「この」が何を指すのか意味するところが極めて曖昧となりがちだからである。
この点、例えば、本書面の第2段落冒頭の「この点、」にいう「この」とは、第1段落の文章のうち(1)「学生の答案に『この点、』という用語が出てくることがある」という事実を指すのか、(2)「この用語法は妥当か。」という問題提起を指すのか、第2段落の文章を全部読み終わってからでないと分からない。しかし、接続詞を使用する意義は、後に続く文章が前の文章とどのような論理的関係にあるかを明確にし、読み手に対して後に続く文章の内容の予測可能性を与えることにあるのである。したがって、後に続く文章を全部読んでからでないと「この」の意味が分からないというのでは、文章の冒頭に「この点、」という語句を書いた意味がない。
この点、要するに、「この点、」という語句は、前後の文章がどのような論理的関係にあるかを詰めて考えたうえで最も適切な接続詞を用いるということをせずに、前後の文章が感覚的に大体関係ありそうなときに、おおざっぱに用いているだけなのである。
また、仮に、「この点、」が指し示すものが一義的に明確に書かれている文章があるとすれば、そもそも「この点、」などという語句は不要である。この点、この語句が使われるのは、例えば、「〇〇は××であろうか。」というように何らかの問題提起をした直後に、その問題提起に対する回答を論述する場面であることが多い。しかし、上記のような問題提起をしながら、その直後に別のテーマの論述をするような者はいない。問題提起をすれば、引き続いてその問題提起について論述するのは当然であって、問題提起をした直後に敢えて「今から、この点について論述する。」などと断る必要はない。この点、要するに、通常の文章では、何らかの問題提起をした後に、「この点」について論じずに「あの点」について論じるようなことはしないのであるから、「この点、」という語句を用いる必要はない訳である。
この点、更に述べれば、本書面の第4段落から本段落にかけて5箇所に出てくる「この点、」のように、論理的には全く不要であるが、単に、文脈上、文章の口調を整えるだけの意味で用いられることがある。そのような用法の場合、「この点、」がなくても、文章の意味は読み取れる。したがって、そのような用い方をする「この点、」も、勿論不要である。
学生が答案に多用する「この点、」には、以上のように大いに疑問がある。この点、大いに反省して欲しいと思う次第である(#1)。
#1 この点、多くの法律家が、「この点、」という用語法を批判している。例えば、「平成23年新司法試験の採点実感等に関する意見(民事系科目第3問)」22頁末尾を参照のこと。(S)