中越地震

記事
Date:2015.10.15

今年初めて御目にかかって仕事をした方の1人は科学者で、出身校でないながらかの国立大学の副学長まで勤められ、今でも非常勤にて出講されつつ目下の本職が日本学術会議の理事者という、雲の上とも言うべき貴顕である。毎秋ネット上に今年はストックホルム行きかと予言されてきた既往を知るに及び、この秋は正直残念な思いを抱いた。

なので初めは御叱り覚悟で恐る恐る御宅に御邪魔していたものの、いつの間にか玄関に当方用の大きなスリッパが現れ、老齢の飼い猫シューちゃんが登場したりする頃にはこちらも遠慮の2文字を忘却し、飼い主の隙を見ては鳴き声を真似つつ勧誘を試みたりするに至り、最後は教え子の司法書士がトライアスロンの支度をひっさげ地方大会への旅行途上御宅に御邪魔したと笑顔で仰るのを聞くに及び、研究者と同時に誰よりも教員であられることを改めて痛感して、温かい御人柄と数々の御寛容を心底有り難く思った次第である。

その先生は研究上の必要から毎年出身地新潟にイモリを採集すべく学生と旅行に赴かれていたとのこと、ところが例年1500匹程度は成果があるのにある年どうしても200匹くらいしか採れなかったため、いぶかられつつもやむを得ず帰路につこうとしたその矢先にかの中越地震に見舞われて、遮断された交通網を東北経由やっとの思いで戻られたという御苦労の体験談を伺った。そして、その際イモリが何処にいたのかと調べてみれば、何と石垣の隙間や配水管の中等、地震の影響を免れ得る形状の場所を選んで身を潜めていたとの事実が判明したらしい。あたかも地震を予知していたかの如くにて、先生の御結論は、だからイモリは我らより賢いというに尽きる。ただ、そこで仰った言葉が耳に残るところであり、先生は、「私は科学者ですから、これを証明する必要がありますが」と、論証未済の命題を仮説扱いされ、ふりかざすことはあくまでも避けようとするのである。

なので、これを承った当方は、直ちに浮かんだ疑問を先生に投げかけてみた。「そうだとしたら、先生に採集されるイモリはまだ初心者ではないですか。先生が来られると知ったら、身の危険を感じ予知して隠れなければ素人だと思いますが。捕まるなんて判断ミスの最たるものと映ります...。」これに対する先生の御答えは次のようであった。「いいえ。私は研究用に卵を採りはしますがその後殺さずに放し、卵は孵化させ育てているので、イモリは命の危険がないと判っているのです。」

どこまでも無心で愛すべき御人柄である。そして、理科系の命題とその論証は我ら文系に比べてかくも厳しい。これに比べれば、我が文系はドグマの嵐かも知れず、証明も一応の心証を目指せば済む場合が多い。頑張ろう、皆さん。(H)

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