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人間の経済(宇沢 弘文著)

眼横鼻直(教員おすすめ図書)
Date:2021.04.01

書名 「人間の経済」
著者 宇沢 弘文
出版者 新潮社
出版年 2017年4月
請求番号 331/1031
Kompass書誌情報

いつの時代も経済と人間の仲ほどままならないものはない。とりわけ、経済のグローバル化が著しく進展し、AI(人工知能)に代表される新しい技術革新時代の到来が叫ばれるようになった今日、両者を分かつ溝はもはや埋めがたく深まった感すらする。「経世済民」(世をおさめ民をすくう)に由来する経済であるが、なぜにこうも人間との折り合いが悪くなってしまったのだろうか。

その責任の一端は経済学にある。経済学は、人間の経済活動に貫徹する法則を解明し、経済的厚生を最大化するために効果的な処方箋を打ち出す政策科学であるが、私たちの目の前に山積する諸問題を見るにつけ、経済学が学問として本来の責務を果たせているのか心許ない限りである。こう見ると、問われているのは経済というよりも経済学(経済学者?)と人間との関係なのかもしれない。

これまで多くの経済学者が経済と人間の問題について考察してきたのは事実である。こうした学者の中で、ここでは宇沢弘文(うざわ・ひろふみ、1928~2014年)という日本人経済学者に注目したい。宇沢は、近代経済学の本流である数理経済学を専攻し、若くして米英の大学で教鞭をとった日本を代表する経済学者であった。ベトナム反戦運動が盛り上がりを見せつつあった1964年にシカゴ大学に着任した宇沢は、マネタリズムの主唱者でシカゴ学派を代表するミルトン・フリードマンのベトナムでの水爆投下発言に驚愕し、市場メカニズムによる資源分配の効率性を何より重視する経済学(宇沢はそうした経済学を「市場原理主義」と呼ぶ)と決別する。そして1968年に帰国後、東京大学で教鞭をとり、高度経済成長の歪みである公害問題などに関心を向けるようになり、かの有名な「社会的共通資本」論を構築するに至ったのである。

ここに推薦する図書『人間の経済』は、宇沢の死後、彼の講演やインタビューを編集したものであるが、宇沢の生涯と彼の思想哲学がコンパクトにまとめられている。長女の占部まり氏によると、宇沢の思想形成に故郷である鳥取の曹洞宗永福寺住職との交流が影響を与えたとのことなので、駒澤大学とも少なからぬ縁のある書物でもある。数ある専門的業績をひもとく前の「宇沢経済学入門書」として本書はうってつけであると同時に、未知なる感染症のパンデミックという全人類的アポリアに直面する今こそ、広く読まれるべき文献でもある。ぜひ、ご一読いただきたい。

最後に、筆者自身は直接教えを乞う機会に恵まれなかったが、ずいぶん前に、氏がお茶の水駿河台の坂道をトレードマークのあごひげを風になびかせながら自転車で滑走されるのに遭遇したことがあった。その凛とした大きな後ろ姿からは学問を志す者の厳しさを教えられた気がしたものである。

経済学部 教授 鄭 章淵

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