ニルスのふしぎな旅(セルマ・ラーゲルレーヴ著)
Date:2016.12.01
書名 「ニルスのふしぎな旅」
著者 セルマ・ラーゲルレーヴ
訳者 菱木 晃子
出版者 福音館書店
出版年 2007年
請求記号 949/62-1、949/62-2
Kompass 書誌情報
わたしが子供の頃には、「世界名作劇場」や「まんが日本昔ばなし」といったアニメを毎週食い入るように観ていたものでした。小学校くらいまでは録画環境がなかったため、放送される時間にテレビの前にいなければ見逃してしまい、一週間後の次回放送までは見ることができません。そんな状況で夢中になって親しんだ作品の数々からは、有形無形の影響を受けたように思います。この『ニルスのふしぎな旅』もその一つで、1980−81年にNHKで放送されていました。
本書はその原作の日本語訳で、セルマ・ラーゲルレーヴがスウェーデンの初等教育用の地理読本の執筆を依頼されたことをきっかけにして1906−07年に刊行した作品です。ラーゲルレーヴはエルサレムに移住したスウェーデン農民たちを取材した『エルサレム』などで女性初のノーベル文学賞を受賞した、スウェーデンを代表する作家です。
いたずらっ子で勉強嫌い、家で飼っている動物をいじめたりするやんちゃなニルスが、ふとしたきっかけでトムテ(妖精)の魔法によって小人にされ、ガチョウのモルテンと共にガンの群れの仲間に入って南から北のラップランドへ渡り、さらに南へと戻って来る中でスウェーデンの地理や歴史を知り、また人間と自然の共生についてさまざまな冒険を経ることで学んでいきます。
そして、人間に戻れるかどうか、戻るためにはどうしたら良いかということについて、数々の具体的な試練を与える中でニルスに繰り返し考えさせ、選択させ、行動させることによって、物語が進んでいます。読み手はニルスの立場に立って共に考え、共に悩んでいきます。時折挟まれる数々の挿話も一つ一つが深い教訓を含んでおり、考えさせられます。
キリスト教的な人類愛や隣人愛の美しさ、どんな困難な状況におかれてもあきらめずに勇気を出して自分が正しいと思ったことを行うことの大切さなど、さまざまな経験を経ながらニルスがめざましく成長していく過程は、大人から子供までどんな読み手も釘付けにしてしまいます。
物語の最後にはいよいよニルスがふるさとに戻り、最後の試練が与えられることになります。その前に、ガチョウの群れのリーダーであるアッカが最後に「いいかね、おまえがわたしたちといっしょにいて学んだことがあるとすれば、人間はこの世に人間だけで暮らしているのではないということだろう」と優しく諭すように語ります。この時には、かつての単なるいたずらっ子だったニルスの中に、人間・動物・自然を問わず他者を思いやる心がしっかり根づいており、読み手もまた、そうした心を知らず知らずのうちに育んでいるのです。
翻訳はいくつか存在しますが、福音館古典童話シリーズとして刊行されたこの菱木訳は、ベッティール・リーベックの美しい挿絵も相まって、ラーゲルレーヴの人柄がにじみ出るような素朴で気品のある文体が魅力的です。地球環境問題、人間・動物・自然の共生、人権や格差、人間としての生き方などさまざまな主題が平易に扱われており、現在の世界の中でわれわれがいかに考え、生きるべきかを学ぶ上でも豊かな示唆を与えてくれる作品です。以前にわたしは「グローバルな革命のてがかりとしての児童文学」という論文を海外の学会で報告したことがありますが(GMS学部論集第10号収録)、この作品に関しても国際関係思想の視点からいつか考察してみたいと思っています。
グローバル・メディア・スタディーズ学部 准教授 芝崎 厚士