令和2年度 学位記授与式(卒業式)学長式辞

Date:2021.03.31

学部卒業生及び大学院修了生の皆さま、ご卒業、ご修了、おめでとうございます。

晴れて学位記授与の日を迎えられた皆さまを言祝ぐご挨拶でありますが、それに先立ち、昨年来の新型コロナウイルス感染症拡大で尊い命を失われた方々のご冥福を心よりお祈りするとともに、罹患された方々にお見舞い申し上げます。また、医療の現場をはじめ、収束に向けてご尽力されている方々に感謝の意を表したいと思います。

202010gakucho長谷部 八朗 学長

本日の卒業式も、今なお、コロナ禍の状況にあることを考慮して、オンライン形式の開催とし、ご父母や在校生の入構はご遠慮願う形にさせていただきました。平時であれば、会場に卒業生が参列し、多くのご父母や関係者が来校される中で式典が催されるわけですが、今年はこのような異例の式典挙行のやむなきに至ったこと、誠に遺憾に思っております。

さて、ここで時を移し、皆さまの大部分が参列された、4年前の入学式に思いをはせてください。その式辞の中で私は、このように述べました。

「皆さま方の世代が社会に巣立つときには、国内の多岐にわたる社会的要求や需要を満たすだけでなく、国際的にも意義ある良好な関係を構築し、『ポジティブ・ジャパン』を世界にアピールしてほしいとの期待がますます強まっていくことでしょう。その期待に応えるためには、人間としての幅や、広がりを示す教養と、他者からの信頼の基礎となる専門的な知識・技能の両面を備えることが求められています。大学生という新たなスタートに立つこれからを、常に自分の将来の在り様を構想しつつ、今なすべきことを考える。そうしたものの考え方、思考の回路を身に付けていただきたい。詩人であり書家である、相田みつをの詩に倣えば、『だれも踏み入れたことのない草むらも、誰かが踏み入れたことにより道ができる。しかし、歩かなければ再び草が生えてしまう』」と。

あれから4年の歳月が経ちました。この間、それぞれがさまざまな学びや出会いを通して、学園生活を過ごされてきたことと思います。しかし、皆さま一人ひとりは、共通の糸で結ばれています。仏教の教えと禅の精神に基づく建学の理念に裏付けられた、知恵と慈悲の心をはぐくむ本学の伝統によって紡がれた糸です。そして、皆さまはいずれも、所定の単位を取得するという高いハードルを越え、本日学位記を自らの手に収められたのです。それは卒業の証であると同時に、これからそれぞれの目指す世界に旅立つためのパスポートでもあるのです。

恐らく皆さまは今、皆さまを待ち受ける世界に対し、ひとしなみに不安を感じていることでしょう。しかしそれは、誰しもが抱くものであり、大切なのは新たなステージに向かうためのスタートラインにつくことです。そして、それぞれの道を切り開いてください。そこにはいくつもの試練、試行錯誤の体験が待ち受けていることでしょう。その体験が皆さまを磨き、皆さまの内に秘められた輝きがやがて外に向けて光輝を放つはずです。そうした営みの末に、皆さま自身の道、人生のゴールが形成されることでしょう。

コロナ禍の中で、昨今、「ニューノーマル」という言葉を耳にする機会がとみに増えました。この言葉は、2008年のリーマンショックの際に、世界が新しい経済状況になるであろうという予測の下、用いられた言葉です。このニューノーマルという言葉が、今日の世界を席巻しております。しかし今時は、リーマンショックのときの金融危機・経済危機の状況とはおよそまた異なる、新たな危機的状況といえましょう。経済はもとより、生活様式の全般にわたるまで、いやさらには故人に愛惜の言葉をかけ、肌に触れそして別れていく----そのような葬送の作法も、今やできなくなりつつあります。それに伴い、死生観も大きく変わることでしょう。このようなドラスティックな変化が、ポストコロナ、アフターコロナの時代には待っております。この時代に何が必要なのか、次世代がどのようにそれに関わったらよいのか、まさに皆さまが主役になる時代の課題です。

そのことを肝に銘じ、そして大学で学んだこの駒澤精神、それは近年ブランドスローガンとして「しなやかな、意思。」という言葉にまとめられておりますが、ぜひ皆さまはこの「しなやかな、意思。」を社会に出ても実践し、磨き、それぞれの持ち場で人びとを先導していけるような人物になっていただきたいと考えております。

本日の卒業式は、こうした動画配信による未曾有の式典の形となりました。コロナ禍で、卒業生の皆さまをお祝いする式典がこのような形になったことを改めてお詫び申し上げるとともに、皆さまの将来に幸多かれと祈り、私の式辞にかえさせていただきます。

本日は誠におめでとうございます。

令和3年3月吉日

駒澤大学学長
長谷部 八朗