平成27年度 学位記授与式(卒業式) 総長祝辞

Date:2016.03.29
駒澤大学 総長
学位記授与式会場

本日ここに平成27年度駒澤大学学位記授与式にあたり、晴れてご卒業になる皆さん、おめでとうございます。合わせて、この日が来るのを楽しみにされ、長い間、ご子女の学業成就を物心両面からご支援くださった、保護者ご親族の皆様方、ご列席の関係者各位に対して、心からお慶び申し上げ慎んで感謝申し上げる次第です。

卒業生の皆さん、本学でのキャンパスライフはいかがでしたか。各専攻の講義やゼミ、課外活動やサークル活動で存分に最新の学術を修得することができましたか。本学で学び得た新しい知見や技術をこれから進む世界で実践できる期待感できっと皆さんの胸は一杯であろうと存じます。

いうまでもありませんが、現実の社会は大学生活のように平穏無事に過ごせるものと限りません。きっと、解決の緒口(いとぐち)も見つからず途方に暮れる、そんなときの方が多いに違いありません。

顧みれば、国の内外には難題が山積しています。急速に少子高齢化が進む社会構造の変化は、否応なしに私たちにパラダイムの転換を求めています。また、丸5年が過ぎた東日本大震災と東電の原発事故、その後に起った豪雨災害の復興事業や生活再建は思うに任せず、人々の苦悩は今も尽きることがありません。一方で、自分さえ良ければそれでいい、自分たちだけ得をすれば他はどうなっても構わない、と考える人が増え、人間の資質が極度に劣化しているように思われます。グローバル化する格差社会で子どもの貧困が進み、家庭や教育・介護の現場で育児放棄や虐待、いじめ、体罰、暴行・殺傷事件などが頻発しています。

国外に目を転ずれば、長年にわたる韓国、北朝鮮、中国、諸国との難しい外交問題があり、ISなど過激派組織が世界中に拡散させている理不尽なテロリズムが終りなき報復戦争をエスカレートさせています。また、半世紀以上も前のこと、『サイレントスプリング』(沈黙の春)、『複合汚染』、『苦海浄土』などの著書が告発した環境問題は、その後も温暖化、乱獲などによって異常気象や生態系の異変などを引き起こし、地球規模で環境破壊が進行している現状です。こんなことで本当に大丈夫なのでしょうか。人類は生き残れるのでしょうか。今日ほど私たちの叡智が試されているときはないように考えます。

昨年5月、77才で亡くなった詩人の長田弘氏は、「新しい真実なんかない、変わらない真実が忘れられているだけだ」と断言します。因みに釈尊は菩提樹の下でそれまで誰も気づかなかった真実を発見したのでした。釈尊はブッダ(覚者)とは「古い城の発見者」のことだと語っています。その真実とは、現象しているものは例外なく相応の因縁(原因と条件)によって存在するという理法に他なりません。先日、重力波の観測に成功した科学者の発見も、どこか釈尊のさとりに似ていないかと私は感じたことです。

およそ1400年前、わが聖徳太子はこの国のかたちを十七条憲法に定めました。第二条には「篤く三宝を敬え。三宝とは仏と法と僧なり。(中略)何れの世、何れの人か、是の法を信ぜざる」と明記しています。どんなに時代が変わっても誰もが信ずるに足る法とは何でしょうか。原始聖典の『ダンマパダ』には「実に怨(うらみ)は怨によって止むことはない、怨を捨ててこそ止む。これは万古不易の法である」と伝えます。その法とは仏の智慧と慈悲に他なりません。混迷を極める現代、私たちはこの智慧と慈悲の法を体現した仏仏祖祖を敬い慕い、この法を伝えた勝れた友に近づき、この法に照らして自らの人生を実り豊かなものにしていかなければならないと信じます。

永平寺を開かれた道元禅師は、先ず自ら姿勢を正し、吸う息吐く息を腹式呼吸に調え、心を澄ませていのちの尊厳に想いを致すこと、それこそが人生の一大事であると再確認されたのでした。本学で坐禅の教えを学ばれた皆さんは、この真実をいつも忘れないようにして、どんな困難に出会っても逃げることなく現実をしっかり受けとめ、世の為、人の為になる道を矜持(ほこり)を持って歩んで行って欲しいと願うものです。全ては己れの生き方一つにかかってくる道理です。

各界で雄飛されるであろう皆さんの、たくましくも美しい将来の姿に想いをはせつつ、一言、祝辞といたします。

平成28年3月23日、24日
学校法人駒澤大学 総長 池田 魯參