令和5年度 9月学位記授与式(卒業式)総長祝辞

Date:2023.09.21

令和5年度9月の卒業式に当たり、学校法人駒澤大学の教職員を代表し、法科大学院修了生、そして各学部の卒業生の皆さん、さらに関係される保護者の皆さまに、お祝いの言葉を述べさせていただきます。

20230920nagai.jpg永井 政之 総長

新型コロナウイルスに翻弄された3年余の時が過ぎ、5月の連休明けから5類感染症へと位置づけが変わり、大学内外の動静も以前に戻ったかのごとき感があります。

それはあたかも長いトンネルを抜けて、明るさを取り戻したことに譬えられるかもしれません。
同時に別の長いトンネルは相変わらず続いているようにも思えます。連日のマスコミの報道が、戦争や経済の動向に中心をおいて為されていることはご承知の通りですし、人類永遠の課題とも言えるSDGsの運動にしても、目的が達成されるには気の遠くなるような時間が必要に思われます。昨年来、しばしば議論される生成AIと、人間の存在とを、どう折り合いをつけるかなども、また喫緊の課題と言えましょう。

かくしてトンネルはまだまだ続くと考えて間違いないように思われます。

この度、卒業される皆さんに即して見るなら、皆さんは貴重な4年余の学生生活の大半を、「コロナ禍」という未曾有の事態の中で送られました。大学としてはできる限りの工夫努力をしたつもりですが、今から振り返るなら、必ずしも十分であったとは断言できず、さまざまな場面で多大な不便を被られた皆様に、大学を代表し、衷心よりお詫び申し上げるとともに、皆さんが御自身の工夫と努力の結果、ここに無事に卒業の日を迎えられたことを、心からお祝い申し上げます。

いったいコロナウイルスの蔓延にとどまらず、先に述べたような様々な課題が、私たちの毎日に大きな影を落としていることは、言うまでもありません。その影響がどのような形で今後残り続け、私たちの価値観や生活を変えていくのか、「ニューノーマル」がどのようなものになるのか、現時点では「想定の外」にあるような気がしています。
このたび卒業される皆さんが、青春を過ごした本学での学生生活を、遠い将来、どのように総括されるのか。その時が来るまで、時々刻々、変化する「ニューノーマル」の時間をどう過ごし、日本を、そして世界をどう作り上げていくのか。私は強い関心と、そして期待を持っています。

何より、今、確認すべきことは、未来がどのような時代になるにしても、それを構築する主体は、あくまでも「人間にある」ということ、そして毎日、毎日の私たちの営みが、未来の社会を作り上げているということを忘れてはならないでしょう。

1年次の必修科目「仏教と人間」をはじめとして、さまざまな機会を通して学びそして理解されたように、駒澤大学は「仏教・禅の教え」を基本とし、具体的には「行学一如」「信誠敬愛」をもって建学の理念とします。そこには、どのような人生を歩むにしても、ブッダの説かれた「縁起」の教えに基づき、あらゆる存在に対して、慈しみの心を持って生きていくとともに、欲望に振り回されない生き方を人生の基本に置いて生きていくべきとの信念があります。

それは現代という、グローバル化し、「個の尊重」が叫ばれる時代だからこそ、ともすれば忘れてしまいがちな、「自分自身(自己)と他人自身(他己)を同価値・平等であると見る姿勢を失わない」生き方、「あらゆる存在にその尊厳を認める」という生き方を、「今まで以上に忘れず」、「自覚して生きる」という意味でもあります。
「修行」という言葉があります。すでに学ばれたように「禅」では、修行とは、断食とか不眠不休とか、肉体を苛め抜く何か特別のことを行うのではなく、毎日をつつがなく過ごすための、弛まない努力を重ねていくこと。他人の人生ではない、自分の人生を、丁寧に自分が生きること。それが「修行」だと教えます。

皆さんのこれからの人生には、新型コロナウイルスの蔓延以上に、予想できないこと、思い通りにならないことが、頻出することは疑いありません。そのような場合、どう工夫し対処するか。そんなとき「欲望に振り回されない」というブッダの教えを、また「毎日が修行である」という禅の教えを、本学で学ばれた皆さんには、是非、思い起こして頂きたく思います。 
私自身の経験からしても、一瞬一瞬の積み重ねの人生は、あっという間に過ぎ去り、たちまちのうちに老いを迎えてしまいます。自分自身の人生を、さまざまな誘惑に振り回されることなく、「自分を信じ、自信を持って」生きて戴きたく思います。

そのことを切に念じて、皆さんの卒業に当たっての、私のはなむけの言葉とさせて戴きます。

ご卒業、おめでとう御座います。

令和5年9月16日

学校法人駒澤大学
 総長 永井 政之

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