女が国家を裏切るとき : 女学生、一葉、吉屋信子 (菅 聡子著)

眼横鼻直(教員おすすめ図書)
Date:2022.10.01

書名 「女が国家を裏切るとき : 女学生、一葉、吉屋信子」
著者 菅 聡子
出版社 岩波書店
出版年 2011年1月
請求番号 910.26/766
Kompass書誌情報

私たちが生きる社会は「泣ける」物語で溢れかえっている。映画や漫画、アニメ、小説のなかで繰り広げられる親密な友情や愛情、登場人物が困難な状況のなかで信念を貫き通す姿は、観る(読む)者の胸を打つ。だが、その感動は時として、不都合な現実から目を逸らし、心地よい思考停止の世界に没入するための、危ういヴェールとなっていないだろうか。

本書は、センチメンタルな物語や、その物語を共有することによって生まれる共同体が、歴史的にいかに危うい傾向を帯びてきたか、ということを主題とする。

感動や泣く行為それ自体は、決して悪いことではない。しかし、それらを引き出すセンチメンタルな物語がしばしば暴力と結び付いてきたことを、本書は明らかにする。序章で例として挙げられているのは高橋しん『最終兵器彼女』(2000年‐2001年)だが、ヒロインが暴力の主体であることを感傷性が覆い隠してしまうこの人気コミックの物語構造は、戦時下において国家的暴力の隠蔽に貢献した吉屋信子らの文学作品と通底すると、著者は指摘する。

本書は三部構成となっており、第Ⅰ部では明治期の女子教育をめぐる諸言説が、第Ⅱ部では樋口一葉の和歌が、そして第Ⅲ部で大正期から戦後にかけて女性読者から絶大な支持を得た吉屋信子の小説が扱われている。感傷の危うさが最も具体的に示されるのは第Ⅲ部である。少女小説の金字塔である『花物語』をはじめとし、吉屋の作品には家父長制下における女性同士の親密な絆が描かれており、読者に感動をもたらす。だが、その感動の物語が、戦時下においては「帝国のフェミニズム」を形成することになってしまう。

本書は研究書であり、必ずしも読みやすい内容ではない。だが、SNS等にヘイトスピーチや暴力的言説が蔓延する今日、一見すると暴力とは無関係に見える「泣ける」物語が何を覆い隠し、私たちをどこへ連れて行こうとしているのか、立ち止まって考えるヒントを与えてくれるだろう。

文学部 教授 倉田 容子

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