民俗学研究室の愁いある調査 その男、怪異喰らいにつき(神尾 あるみ著)
Date:2019.10.01
書名 「民俗学研究室の愁いある調査 その男、怪異喰らいにつき」
著者 神尾 あるみ
出版者 KADOKAWA
出版年 2019年7月
請求番号 080/22-2137
Kompass 書誌情報
本書は、第1回富士見ノベル大賞審査員特別賞を受賞した作品である。応募時のタイトルは、『悪食フィールドワーク』である。蛇との婚姻を繰り返しながら、家と村の繁栄を守らねばならなかった神山家一族にまつわる怪しげで悲しい物語である。物語の中心線は、民俗学専攻の院生・名取歩が調査中に悪霊に取り憑かれ、朽木田千影という謎の男がその悪霊を食べて退治するというものだ。しかし、この種の怪異を退治する物語なら、例えば、京極夏彦『姑獲鳥の夏』などもあり、決して珍しいものとは言えない。だが、その物語の中心線に複数の物語が絡まりあって、独特の世界を生み出している。例えば、喪失した子供用のフォークをめぐる物語が、「喰べる」という行為の暴力性と結びつき、あるいは異類婚姻譚(人と異類との婚姻を説く昔話)とクロスする形で母と娘・母と息子の物語がからまり合って、重層的に物語が紡ぎ出されていく。いくつかの物語が繋がったりクロスしたりする運動によって、読者の想像力を喚起するのだ。
小説の語り手は、能天気な名取の側から語るスタイルをとっているため軽妙な語り口であるが、時に謎の多い朽木田側から語られることもあり、その切り替わりを見失わずに読む必要がある。また、夢の場面が突如挿入されることによって、話の流れがわかりにくくなり、安定した読みに揺さぶりをかける仕掛けとなっている。読者に不安を与え、予定調和的な形をとらない点でもスリリングな小説と言ってよい。結末も、心地よいハッピーエンドとは言いがたい。しかし、安直なハッピーエンドではないからこそ、この小説は奥行きの拡がりを持っているのだと思う。こういう小説をたまには読んで、想像力を鍛えて欲しい。凝り固まった考え方や常識的な発想を相対化できると思う。
なお、作者の神尾あるみ氏は、本学国文学科の卒業生である。
文学部 教授 岡田 豊