青年と学問(柳田 國男著)
Date:2017.04.01
書名 「青年と学問」
著者 柳田 國男
出版者 筑摩書房
出版年 1990年
請求記号 080/6-1549
Kompass 書誌情報
半世紀近く前のことだが、大学の入学式を目前に控えた時期、私が読んだ書物のひとつである。受験勉強から解き放たれ、勝手のわからぬ大学生活を迎えるにあたって、まずは、「学ぶ」ということの意味を改めて考えてみようと思い立ち、「学問」について論じた書物を調べ、数冊買い求めた。もっとも選択の基準は、書名に「学問」の文字が入っていることくらいで、他意はなかった。こうして手にした書物のひとつが、本書である。なにしろ当時、柳田國男についての予備知識をほとんど持たずに読み始めたわけだが、今にして思えば、この書との出会いが、その後柳田の該博な知識に裏づけられた著作群に親しむ、そもそものきっかけになったと言えよう。
さて柳田國男は、日本民俗学の祖と称され、膨大な研究業績を残した知の巨人だが、その仕事を、柄谷行人流に要言すれば、近代の発展過程で急速に廃れ忘れられてゆくものを記録すること(『「小さきもの」の思想』)。この営みを、学者の立場に留まらず、詩人、官僚、ジャーナリストなどの経験を通して現実に深くコミットする中で成し遂げた、と柄谷は言う。本書は、関東大震災を機に国際聯盟常設委任統治委員を辞任し、朝日新聞客員に戻り、現実を覆う社会的諸問題と向き合い積極的に発言する一方で、日本民俗学の体系化をめざして果敢な学問活動を展開し始めた時期の成果を編んだものである。大正13年から昭和2年にかけて行った講演のうち10篇が収録されている。難解と言われる柳田の文章ゆえ、当時の私が十分に読み解けるはずもないが、ただ、書中に散見される「学問は世のため人のため」というフレーズが記憶の片隅を占拠しつづけ、今日に至っている。この「学問救世」の主張は、しかし、単なる実用性の追求ではない。本書は、震災後の混乱や不況などの、直面する深刻な社会問題を切り拓くには、現実と自ら対峙し、考えるための学問を確立するしかないという柳田自身の決意を、明日を担う「青年」たちに向けて説いた書と言えよう。その意味で本書は、柳田民俗学の一原点をなすと同時に、若き学徒への啓蒙の書でもある。
学長 長谷部 八朗