がん治療に大きな威力を発揮する放射線治療。その裏には、診療放射線技師や医学物理士といった"放射線のプロ"がいる。馬込先生は、患者のQOL*を高め、さらに治療成績を上げるために、より精度の高い放射線照射やAIを活用した画像データ診断、ビッグデータ解析などの研究に取り組んでいる。
* QOL:Quality Of Lifeの略。患者が充実感を持って、その人らしい社会生活を送ることができるような「生活の質」のこと
医学界のデータサイエンティスト
医学物理士という仕事
若いころから、何らかの形で人の命に携わる仕事に就きたいと考えていました。数学や物理の勉強が好きでしたから、それを生かして人の命を救うことができる職業をと探していたのです。医療に従事するのは医者だけではありませんよね。化学が好きなら検査技師や薬剤師の道もあるわけです。そこで見つけたのが「医学物理士」という仕事です。
医学物理士という言葉はあまりなじみがないかもしれません。国家資格でもある診療放射線技師は、レントゲンやMRIのような放射線診断・治療の装置を操る専門家。一方、医学物理士は、数学や物理の知識を使って放射線治療の計画を設計し、その品質を保証する重要な役割を担います。
放射線は当たりすぎれば危険です。ですから、その照射量を算出して制御したり、きちんと患部に当たっているか、健康な臓器に当たっていないかをCTスキャンの画像などを見ながら合わせたりするために、コンピュータに計算させて適切な照射角度などを割り出す必要があります。放射線制御にあたっては物理の知識が、照射角度などの計算には数学の力が求められます。もちろん、医学や解剖学の知識も必須です。
近年、あらゆる産業や学術分野でデータサイエンティストが求められていますが、医学物理士は、まさに医学におけるデータサイエンティストと言えるでしょう。放射線を使った医療の手法や装置が日々進化していくなか、その装置の制御や蓄積した医用画像のデータを取り扱うことのできる人材が求められているのです。
欧米では、医学物理士も放射線治療医師と同様に責任を分担して仕事をしています。日本では医師が医学物理士の仕事を兼ねることが多く、近年ようやく国家資格化が動き出したばかりで、まだまだ人材が足りません。
病巣をピンポイントでねらった
放射線治療ができる時代に
放射線医療は日本でも比較的身近に行われています。レントゲンやCTスキャンは健康診断などで受診した人も多いでしょう。ところが、がんにおける放射線治療の割合は、欧米に比べて極めて少ないのです。アメリカやドイツ、イギリスなどで放射線治療を受けるがん患者は全体の約6割にもなりますが、日本では3割にも届きません。
もちろん、症状によっては手術の方が放射線治療より良い場合もありますが、とくに早期がんの場合はどちらでも治るケースが多い。しかし、そこで「どちらの方法を選びますか?」と問われたときに、日本では手術を選ぶ人が圧倒的に多いんですね。
でも、放射線を使えば体を切らずに体内の病巣を死滅させることができます。たとえば、重粒子線という特殊な放射線を使えば、体の正常な部分は通過して、病巣のある深い部分で強いエネルギーを放出し、がん細胞や腫瘍だけを死滅させることが可能です。開腹手術をしないから体力を消耗することもないし、短期間で治療を終えられる。とくに高齢者や仕事を抱えた人には大きなメリットがあるんですよ。
さらに、放射線医療自体も日々進化をしています。たとえば血液のがんである白血病の治療には、血液をつくり出す骨髄への放射線照射が必要です。しかし、ピンポイントで照射する技術が進んだ現在でも、骨領域に限定した照射は難しく、全身に照射する方法が標準治療として採用されているため、健全な臓器へのダメージが避けられませんでした。
そこで注目されているのが「TMI(Total Marrow Irradiation:全骨髄照射)」という手法です。コンピュータで治療に必要な放射線量を計算し、特殊な装置を使って照射範囲を厳密に制御するのです。私がいたアメリカのミネソタ大学では、すでに希望者を募って治験も始めており、実用化まであと一息です。私たちも東京大学と共同研究を行い、医用画像の解析を進めるとともに、最適な計算式やプログラミングを探っています。がん細胞が骨のどこに集中しているのか動物実験で解明しようという研究も進められていますので、将来的にはTMIをさらに絞り込んで行うことも可能となるでしょう。
残念ながら、日本ではこうした放射線治療のメリットが、まだきちんと理解されていないのかもしれません。私たち放射線医療従事者も、その長所をもっとアピールしていかなくてはいけないと感じています。
医用画像をAIで解析し
がん検出率と治療成績向上をめざす
近年の放射線医療の大きなテーマのひとつに、AI(人工知能)を使った医療ビッグデータの解析があります。たとえば、非常に優れた治療方法であっても、ある患者さんにはまったく効かないということは珍しくありません。人種、性、年齢はもとより、生活習慣から遺伝子に至るまで、1人として同じ人間はいないからです。そこで精密医療、「プレシジョン・メディスン」という考え方が出てきます。個々の患者のがん細胞の遺伝子の変異を解析して、その人に合ったがん治療を行おうというわけです。
放射線医療においても、過去の健康診断や医用画像、病気のステージ、選択した治療方法などのデータをAIで解析して、初期段階での疾病の診断、治療成績を左右する要因、症状に応じた治療モデルの検討などに役立てようという研究が進められています。医用画像を網羅的に解析する手法は、放射線医学を意味する「Radiology」に、多量の情報を系統的に扱う科学を意味する接尾語「omics」との合成語である「レディオミクス(Radiomics)」と呼ばれ、大きな注目を浴びています。
血液検査の数値で患者さんの体内の様子が分かるように、がん患者の画像をAIによるディープラーニングで解析することで、このパターンであればこの治療方法が最も治癒率が高いとか、ある数値が高い場合に転移が多いなど、さまざまな情報が得られる。それを使えば、一人ひとりの患者さんに対して、より適切な治療を導き出すことができるのです。
もちろん、現在でも医用画像を使ったコンピュータ支援診断(CAD)は行われていますが、近年の情報技術や画像処理技術の急速な進展に伴って、がんや動脈瘤の検出率などはCADの診断が医師の診断を上回るような研究結果も出てきています。ある乳がんの検出率は、すでに99%以上の精度です。CADの情報は、現在は医師の診断と併用して使用されていますが、さらに検出率の精度が上がれば爆発的に普及するでしょう。
最新の医療装置と人材育成で
駒澤発の放射線治療研究を
こうしたAIを使った画像データの解析にあたっては、大量の医用画像の収集が必要になります。しかも、扱うデータが増えれば増えるほど、解析の精度が上がるわけです。そこで私たちは、各大学病院や医療機関と協力して、放射線治療を必要とするさまざまな疾患のデータベース化を開始しました。駒澤大学には付属病院がありませんが、逆にこうした連携が取りやすいというメリットもあります。
現在、解析に用いる画像データの解像度や形式の国際的な標準化や、形式の違うデータでも同様に扱うことができる計算方法の考案なども同時に進めています。
加えて、データ解析ができる人の育成も重要です。2018年4月から供用を開始した開校130周年記念棟「種月館」には、最新の放射線治療装置を導入したトレーニングセンターがあります。医療機器の開発・製造における先進企業「バリアン・メディカルシステムズ」との産学連携で運用する日本初の設備で、大学教育はもちろん、ゆくゆくは共同で新しい技術や装置の開発も進めていきたいと考えています。トレーニングセンターは外部の研究者、技術者も利用できます。ここを拠点に、私たちも世界に向けて研究成果を発信していきたいですね。
- 馬込大貴講師
- 2013年、九州大学大学院医学系学府保健学専攻修了。博士(保健学)。日本学術振興会特別研究員、ミネソタ大学Masonic Cancer Center研究員を経て16年より現職。(財)医療イノベーション推進センター客員研究員。医学物理士/診療放射線技師/第1種放射線取扱主任者。