近い将来の「地方消滅」が危惧される日本で、地域の再生は急務だ。新たな産業やそれを担う人材も育てなくてはならない。長山先生は、中小企業や地域経済のコンサルティングに関わった経験を武器に、日本独自の地域活性化策を探り、新規事業を興すアントレプレナーの育成と、それを生み出す「地域プラットフォーム」の形成に注力している。
地域経済の産業クラスター化はなぜ日本で失敗したのか
少子高齢化や地方消滅が言われる日本において、地域活性化は大きな課題です。アメリカのシリコンバレーを手本に、国主導でベンチャー企業を促そうと、2000年ごろから「産業クラスター(※1)」の創成に取り組みましたが、目立った成果は出ていません。
※1 産業クラスター:ブドウの房(クラスター)のように産官学が集まり連携して新しい事業や新産業の創出を果たすこと
というのも、日本とアメリカでは大きく事情が異なるからです。
まず、アメリカの労働市場は流動性が高く、起業に対しても寛容です。さらにチャレンジを奨励する文化があります。一方、日本の雇用制度は終身雇用が前提でしたから、起業するリスクは取りにくい。年功序列なので社内事業を仕切るポストに就くにも時間がかかり、起業に必要なスキルの習得も遅くなる。起業年齢も平均で42歳と遅いのです。
また、起業のモデルも違います。アメリカのシリコンバレーに見られるベンチャーは、大学発の技術主導型が多い。一方、日本では、リストラされて会社を辞めた人が元の職場での経験を活かした事業を興すケースが目立ちます。
近年、市場も技術も製品ライフサイクルもスピードが速くなりました。日本の大企業のように、研究開発から製造・販売まで社内で行う"自前主義"では時間がかかりすぎて、変化の速さに即応できません。不確実性の高い市場において、常に先手を打っていくには、ベンチャー企業のスピード感とイノベーション力が決定的に重要となっています。 日本の場合、大企業と連携しながらベンチャー企業を創出するモデルが有効です。オープン・イノベーションを進める大企業とスピンオフ・ベンチャーとのWIN-WINの連携モデルとも言えましょう。
地域の経済と社会を同時に元気にする
日本型地域活性化
私自身、長らく中小企業と地域経済のコンサルティングに関わってきて、日本の地域活性化には独自の方法が必要だと痛感していました。
日本で成功した地域活性化の例を探ると、新しい産業の創出と同時に、地域の既存産業の再生も同時に達成していることが分かります。例えば、静岡県浜松市では光技術を持つ地元の中核的企業が起業家養成大学院を設立しました。そして、その卒業生が光技術を利用して野菜作りを始めたり、地域の主要産業である自動車産業で光レーザーやセンサーなどを応用するベンチャー企業を興したりしたのです。
このように、日本の地域経済の底上げには、地域にどんな既存産業、資源があるかをきちんと把握し、新産業と互いに相乗効果を生むような全体設計が必要とされているんですね。さらには、新産業だけでなく、社会的課題を解決する地域密着型のコミュニティビジネスを興し、地域の経済と社会を同時に活性化していくことが望まれます。
地域活性化の背景には必ずキーパーソンがいます。地域全体を客観的に見通す視点を持ち、新事業創出に没頭できる熱意もある人です。浜松市の場合も、役所では珍しく産業振興担当一筋で10年以上勤務している人がいて、縦割りにこだわらず横との連携を進め、うまく事業を回していました。こうした人材を軸に、地域を元気にしていく。
しかし、キーパーソン個人の資質に頼っているだけでは、事業のモデル化はできません。そこで、私の研究も、地域のキーパーソンやアントレプレナー(起業家)がどうやって生み出されるのか、彼らをどのように育成すべきかというテーマに移ってきました。
ゼミの課題で地域活性化に取り組み
アントレプレナーシップを体験
アントレプレナーシップというと、日本語では「起業家精神」と訳すことが多いですね。ずば抜けたアイデアと不屈の探究心といった精神論で語られがちです。ここで言う「起業」とは"会社を興す"ことだけではありません。企業内のプロジェクトや大学のイベント、商店街の催しでもいい。とにかく"ゼロからイチを創る"こと、自分で主体的に何かを新たに生み出す活動、それらはすべてアントレプレナーシップなのです。最近では、アントレプレナーシップを「起業活動」と訳すようになってきました。
つまり、アントレプレナーは、何か新しい事を興すイノベーティブな人。その資質は個々のパーソナリティに依存するものではないということなのです。新しい事を興すためのステップさえ学べば、誰でもアントレプレナーになれるのです。
私のゼミでは、学生たちに地域活性化を通してそのステップを体験させています。実際に地域に足を運び、そこにある産業ごとに班を作って課題や資源を調査し、それらの産業を連関的に活性化するプランを考えさせる。この"連関的に解決"ということが大切なのです。
農業振興、商業振興...、と縦割りで考えることは、役所の方たちがこれまでさんざんやってきたわけです。そこで学生たちには、産業ごとに出てきた各課題に横串を刺し、すべてを連関的に解決するコンセプトとストーリーを考えさせます。
例えば、福井県小浜市においては、空洞化した駅前商店街の大型商業施設跡地にコミュニティ食堂を作るプランを策定しました。そこへ観光客を呼び込み、魚市場以外にもお金を落とす仕組みを作ったのです。地元のお年寄りと高校生が調理を担当することで、独居老人の孤立化を解消しつつ、魚のさばき方や地元の特産品を若者に伝えていく。さらに、地場産業の塗り箸作りのワークショップを開き、観光客に体験してもらう。郊外の地場産業エリアと中心市街地の人々の交流を図りながら産業を再生する、新たなソーシャルビジネスの創出です。この活性化事業には地元の高校生も参加させることで、活動の想いを次世代に引き継ぐこともできました。
アントレプレナーを育む
地域のプラットフォームを創る
地域活性化に携わることで、学生たちはアントレプレナーシップを学びます。しかし、地域の中にアントレプレナーを継続的に生み出すには、コミュニティ食堂を作るだけでは難しい。どうしたらいいか? 「何か新しい事を興したい人」が集まる場を形成するのです。
例えば、鎌倉市。近年鎌倉にはユニークなIT起業家たちが増えていて、本業だけではなく、ITやクラウドファンディングを使って地域を応援しようと、「カマコン」と称して、地元住民も巻きこんだアントレプレナーシップを進める交流活動を展開しています。
カマコンでは、自分が地域で何かやりたいことを気軽に挑戦できる場となっています。例えば「鎌倉の今・昔の写真アプリが欲しい!」とか「津波時の避難ルートマップ作り」とか。鎌倉をより良くすることなら何でも構いません。アイデアがあればカマコンで発表し、そこで参加者の意見を聞いたり、一緒にやりたい仲間を募ったりします。また、カマコンと連動した鎌倉地域資本のクラウドファンディングで、資金を集めてアイデアを実現できます。小さなプロジェクトならお金も多くかからないし、失敗のリスクも小さくてすむ。カマコンでは、たくさんの小さなプロジェクトが生まれ、アントレプレナーを育む場、地域のプラットフォームとなっているのです。
2017年度、長山ゼミでは、学生たちがカマコンに参加して、「鎌倉の起業家創出・移住企業続出の仕組みを解き明かす!」といったテーマの研究プロジェクトを実施し、クラウドファンディングのチャレンジ(※2)に成功して報告書を発刊しました。
※2 クラウドファンディングのチャレンジ内容はこちら
世田谷の「地域協働研究拠点」で産官学連携の地域活性化を
今年4月、駒澤大学経済学部では、「現代応用経済学科ラボラトリ(地域協働研究拠点)(※3)」を立ち上げました。これは、地域発でイノベーションを持続的に興していくために、本学の教職員や学生、世田谷区の行政関係者、区内の企業・商店街、NPOなどさまざまな立場の人々が気軽に参加・交流するオープンなプラットフォームです。カマコンと同じように、起業のアイデアや、地域にプラスになりそうなプロジェクトをプレゼンし、参加者が意見を出し合い、資金を集め、興味を持ったら仲間になる。いわば、起業に向けた「はじめの一歩」として、アントレプレナーを育てていく場です。
今年8月、現代応用経済学科ラボラトリの活動は、経済産業省中小企業庁の「創業機運醸成事業」の認定を受けました。このラボの活動を通じて、区内の多様な社会的課題に取り組むコミュニティが形成・連携し、世田谷をますます元気にしていくことを目指しています。
※3 現代応用経済学科ラボラトリ(地域協働研究拠点)
現代応用経済学科ラボラトリ(地域協働研究拠点)では、年4回程度のシンポジウムのほか、毎月1回の定例会「アントレプレナー交流会」を開催予定。アントレプレナー交流会は、起業に無関心な者(学生を含む)と起業家との交流の場を設け、特定のテーマにもとづきアイデアを出し合うことで創業機運を醸成する。この交流会は、下北沢、用賀、千歳烏山、深沢、二子玉川における地域密着型のカフェ・食堂やバルを拠点として地区単位で開催する。
- 長山宗広教授
- 横浜国立大学大学院環境情報学府博士後期課程修了。博士(経営学)。
信金中央金庫総合研究所、中小企業総合研究機構などを経て、2007年より本学経済学部准教授。2013年より現職。上海対外経済貿易大学客員教授(2014年度)。中小企業診断士資格試験合格。日本中小企業学会理事、日本地域経済学会理事。