政党や政治家のコミュニケーション戦略を、関係者に直接、取材をしながら研究を進めている逢坂巌先生。メディアの多様化が進む時代だからこそ、リアルに政治家と対話のできる場が必要だと言います。私たちの声を政治に活かすために、どんな課題があるのでしょうか。
取材とデータを積み重ね
政治家のメディア戦略を探る
選挙のとき、みなさんは候補者の情報をどこで手に入れますか?多くの人はテレビや新聞、そしてインターネットを使うのではないでしょうか。メディアは、私たちにとっても政治家にとっても、コミュニケーションに不可欠な存在です。しかし、政治学においてメディアが注目されるようになったのは、ごく最近のことです。私が修士論文の研究テーマに"日本のテレポリティクス※"を選んだとき、知り合いの先生から「テレビと政治なんて関係があるのか?」と言われたことは今でもよく覚えています。
※テレビ(放映)を意識した政治活動。
政治とメディアの関係を探るにあたっては、それまでは、有権者がメディアの影響をどのように受けているかを統計的に探るといった方法論が一般的でした。しかし、私は政治家に視点を置いて、彼らがメディアや国民をどのように見て、働きかけているかに注目してきました。
政治家やメディア関係者に直接、会って話を聞いたり、政党のCMを集めたり。ワイドショーや討論番組はもちろん、昔の番組表を手に入れて過去の出演番組なども調べました。1回の選挙で録画したVTRは200巻。時間と労力をかけて集めたデータを見ていくと、歴代政治家のメディア戦略が見えてくるのです。
票争いは、組織頼みの"地上戦"から
メディアを駆使した"空中戦"へ
かつては、政治家が有権者にアプローチするには、個人後援会か農協、労働組合のような「組織」が強力なルートでした。そもそも日本の政党は支部が弱く、しかも、選挙中の戸別訪問が禁じられてきたために、それら「組織」を通じて票を稼ぐ"地上戦"が政治のコミュニケーションの中心だったのです。政治学者もそうした動きに注目して政治システムを見てきました。
ところが90年代以降、政治のコミュニケーションの中心は、テレビや新聞へ移っていきます。まず1980年代ごろから、「楽しくなければテレビじゃない」というフジテレビのキャッチフレーズに象徴されるように、報道にも娯楽性の高い番組が増え、視聴率を稼ぐようになります。そして、1994年に導入された小選挙区制によって、金のかかる個人後援会を維持するより党の公認を得ることが重要になり、政党単位のイメージ合戦に比重が移っていきます。
同時に、無党派層も激増しました。60年代には10%程度だった無党派層は、94年の村山内閣発足前後には一気に60%に跳ね上がります。こうなると、利益団体にいくらアプローチしても、無党派には届きません。そこで、強い情報発信力を持つメディアに頼るしかなくなったのです。
1993年には細川護煕元首相が官邸中庭でワイングラスを手に新閣僚をアピールして"テレビ政治"と揶揄されましたし、郵政民営化を掲げた小泉純一郎元首相は、「自民党をぶっ壊す」として選挙区に対立候補を送り込むなどワイドショーに次々話題を提供、この"小泉劇場"は2005年の流行語大賞にもなりました。
テレビで人気を得る一方、歴代総理の多くはテレビで失態を突かれては支持率を落とし、政権を失っています。小泉元首相は力技で切り抜けたものの、安倍首相だって第一次安倍内閣では惨々な目に遭った。こうして政治家はますますテレビのパフォーマンスに力を入れるようになります。政治コミュニケーションは、メディアを通して情報が飛び交う"空中戦"へとシフトしていくのです。
※朝日新聞社「Web Ronza」2017年06月14日の記事内にも関連記事を掲載
http://webronza.asahi.com/journalism/articles/2017061000004.html
インターネットの登場で
変化した政治コミュニケーション
そんななかで登場したのがインターネットです。ことに2000年代以降ソーシャルメディアが台頭し、市民がブログや掲示板、さらにtwitterやFacebook、YouTubeなどで情報を発信する時代になります。マスコミの主張にも、根拠となる画像や動画を添えて直接反論したり、ネット民が政治家の応援団となって「テレビや新聞の言うことはおかしい!」と攻撃までしかけてくるのです。
政治家自身もインターネットで情報発信を始め、記者たちはSNSで取材をし、政治家とLINEのアカウントでつながりを持つ。
かつてはマスコミだけが情報発信の担い手でしたが、逆にテレビや新聞がSNSで話題になったことをニュースで取り上げたり、一般の人や専門家の生の声にアンテナを張る。そういう意味では、昔より大衆の声が表に出てデモクラシーは進んだし、政治のコミュニケーションに大きな変化をもたらしたと言えます。
もっとも、一般の人たちにとっての政治の情報源は、まだまだテレビや新聞です。とくに日本の有権者は高齢者が多いので、依然テレビは大きな影響力があります。
もう1つのメディア、公開討論会で
地方政治のリアルを知る
このように、マスメディアやインターネットはいまや政治コミュニケーションに大きな影響を与えていますが、一方で、テレビはイメージを肥大化しがちですし、インターネットの情報は虚実入り乱れて、自分の気に入った情報しか入ってこないという側面も否めません。
私はメディア研究の一方で、政治家たちと有権者が政策について意見をかわすリアルなコミュニケーションにも興味を持ち、公開討論会のコーディネーターを15年近く務めてきました。
実は日本のメディアは東京から全国に向けた中央メディアと、都道府県単位で発達してきた県域メディアからなっていて、市町村レベルの政治情報がすっぽり抜けてしまいます。小池東京都知事や都民ファーストについては報道されるのに、有権者が生活している一番大切な地域の政治情報がありません。これは候補者にとっても同じで、彼らも有権者に政策を訴える場がない。それを補う貴重なメディアが公開討論会なのです。
公開討論会を主催しているのは、地域の青年会議所(JC)や市民団体です。20~40歳の、まさに地域の未来を担う世代で、しかも地域の現状に大きな危機感を持っている。
彼らに共通した主な課題が2つあります。1つは高齢化と人口減少。これは日本全体の課題ですが、ことに地方では、現実問題として人里にイノシシやサルが出てきて高齢者ばかりの村ではなすすべがなくなっているのです。
そして、もう1つは世代対立。親や祖父の世代は地域の実力者であり、いまだに国からの補助金頼みで若者の改革案に耳を貸さない。しかし、改革はもう待ったなしの状況なんですね。
先日開かれた横須賀市長選の公開討論会も、テーマは人口減少でした。意外に思われるかもしれませんが、横須賀は関東圏で最も人口減少が大きいのです。そこでJCの人たちは市政に対する若い学生の意見を集めて、それを討論会にぶつけました。「若者が去るとこの街は消滅する」という危機がリアルに見えてきたからです。
平成の大合併の際、神奈川県藤野町で開かれた公開討論会では、藤野町と相模原市の合併について賛成派と反対派の討論に、お年寄りから子どもを持つ母親まで、ものすごい数の人が集まりました。
危機感があれば、有権者は政治に関わろうと動きます。有権者のリアルな問題意識に働きかけていくことが必要なのです。
戸別訪問制度解禁で
政治をもっと身近なものに
日本のデモクラシーを健全なものにしていくためには、無党派層の増加を嘆くよりも、メディアは日本の「いま、そこにある危機」をもっと伝えること、そして自らがその役割を担っていることを認識すべきです。そして政治家は、地上戦の要だった組織を立て直した上で、メディアにおける空中戦とのバランスを考える。人々が政治を判断する回路をきちんと開くことが大切です。
それには、戸別訪問制度を解禁するのがいちばんだと思います。公募で出馬した見知らぬ候補者ではなく、実際に会って信頼関係を結んだ人に政治を託す。いい人がいれば、そこから国政に上げていく。
実は、欧米では選挙活動のベースは戸別訪問です。政党支部の学生たちが有権者を訪ねては「何か不満はある?」「政治に対してどう思う?」と話を聞いて本部に上げていく。彼らのデモクラシーはface to faceが基本です。日本の政党も、それができる組織を地域から再構築して、政治をもっと身近なものにしていくべきでしょう。
若者の政治離れを憂う声も聞きますが、私も運営委員を担当する駒澤大学の「ジャーナリズム・政策研究所」には、マスコミ関係に就職を希望する学生たちがたくさん集まります。関係者による講義や、学生新聞の編集発行、政策やディベートなどの指導を行っていますが、最近の若者たちは、バブルに浮かれた私たちの世代より、ずっと真剣に世の中のことを考えていると思いますよ。
- 逢坂 巌准教授
- 東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科博士課程中退。東京大学助手、立教大学助教などを経て現職。専門は、政治とメディア、政治と世論。著著に『日本政治とメディア』、『「戦後保守」は終わったのか』(共著)ほか。
リアルなコミュニケーションは、企業経営においても重要な視点です。
とういことで次回は「M&Aと組織マネジメント」にタスキを繋ぎます!
- 駒澤大学ラボ駅伝とは・・・
- 「ラボ」はラボラトリー(laboratory)の略で、研究室という意味を持ちます。駒澤大学で行われている研究を駅伝競走になぞらえ、リレー形式で紹介する連載メディアです。創造的でユニークな研究を通して見える「駒大の魅力」をお伝えします。