ラボ駅伝

駒澤大学で行われている研究を、リレー形式で紹介する連載メディアです。創造的でユニークな研究を通して見える「駒大の魅力」をお伝えします。

学びのタスキをつなぐ 駒澤大学 ラボ駅伝

第3区 経営学部 市場戦略学科 青木茂樹 教授

地域ブランドの創造とその展開

絶景のサイクリングと甲州ワインに惹かれて、山梨へ向かう人が増えているらしい。

武田信玄、富士山、ほうとう、ブドウ...。と聞いて思い浮かべるのは、山梨県。実はここ数年、自転車のロードレースやイベントが開催されたり、甲州ワインが世界のソムリエに認知されたりと、大いに山梨県が盛り上がっているって知っていましたか。
これらの地域振興イベントに深く関わっているのが、経営学部の青木茂樹先生。それでは、地域ブランド創造をテーマにお話をうかがってみましょう。

地域のオリジナルな魅力を開発・発信する「地域デザイン」地域のオリジナルな魅力を開発・発信する「地域デザイン」

経営学部 市場戦略学科 青木 茂樹 教授

私の研究テーマは、「生活創造に向けたモノと情報の流通に関わる研究」。こういうと何やら難しそうですが、皆さん、モノを買うにはコンビニやスーパーに立ち寄りますよね。これらは流通と言われます。最近は、コンビニが近いから炊飯器を持たないとか、冷蔵庫が必要ないなんて学生もいます。流通は大きく生活自体を変えるのです。 インターネットやグローバル化で流通も生活も激変していきます。宅配があれば、これからは店舗もいらないのでは?という学生もたくさんいます。一方でどの地域にいっても同じような店ばかり、全国が金太郎飴のように画一化していくことへの反発もあります。

私の研究の問題意識は、この画一化への対応として多様化や差別化にどのように取り組むかであり、ひとことでいえば「地域デザイン」です。その地域の歴史や自然、文化、産業といったさまざまな地域資源を探り、そこから共感できるコンテンツを抽出し、付加価値を与え、地域のアイデンティティを生み出し、他の地域から人を引き寄せる魅力を開発・発信していくこと。

さらに、インターネットを使うことで、世界から求められる唯一無二のモノとなりますし、世界からヒトを惹きつける"場"ともなります。世界各地へモノが動くことは「流通」ですし、ヒトが世界各地の場に動くことは「観光」というわけです。学問は領域を超えて、ドラスティックかつダイナミックに動いているんです。これを机上の学問だけではなく、アクティブに探究していくために、山梨に住み、地元の方々と一緒にアイデアを出し合いながら、アクションを起こしています。

笑顔が集い、地域が元気になる自転車イベントを!笑顔が集い、地域が元気になる自転車イベントを!

ここ数年、力を注いでいるのは自転車。サイクリングによって山梨の新たな魅力をプロデュースしようと立ち上げたNPO法人「やまなしサイクルプロジェクト」理事長として、「ツール・ド・富士川」、「シクロクロス富士川」などのサイクルイベントを運営しています。年々規模が大きくなり、昨年11月に開催されたツール・ド・富士川の第3回大会では、500名近いサイクリストが全国から参加し、富士川沿いの市川三郷町、富士川町、身延町を巡るコースを色とりどりの自転車が疾走。当日は雨のスタートでしたが、最後には天気にも恵まれ、富士山や八ヶ岳の雄大な姿も堪能でき、参加の皆さんが感動してくれました。

ツール・ド・富士川

大会コンセプトは「大自然を満喫し、地域の人と触れ合うこと」。県外から訪れたサイクリストはもちろん、地元の方々にも興味を抱いてもらえるよう、気軽に立ち寄れる仕掛けを施しています。例えば、メイン会場やエイドステーション(給水ポイント)に設けた郷土料理が味わえるブース。私の一押しは山女魚のサンドウィッチで、野趣あふれる味わいは絶品です。一番人気だったのは、「こしべんと」でしょう。大塚人参、曙大豆、湯葉など、峡南地区(※)特産の食材が何種類も入った昔ながらの弁当で、「田舎料理の宝石箱」との声もいただきました。そして、ラ・フランスやキウイがふるまわれたブースでは、ボランティアの地元高校生とサイクリストが談笑するシーンも...。主催者としては、してやったり!

※峡南地区:山梨県の最南端、人口減少の過疎地域。中央本線開通前の明治までの300年間、長野〜静岡間で木材、米、魚介類、塩を運び、富士川舟運が経済の大動脈として栄えた。

ツール・ド・富士川

イベント発案の経緯ですか? きっかけは2017年度の開通予定で工事が進行している中部横断自動車道です。静岡県静岡市を起点に、山梨県甲斐市を経て長野県小諸に至る132kmの高速道路ですが、まさに富士川舟運の復活とも言える大動脈なんです。しかしこれが完成すると、観光資源に乏しい峡南地区は素通りされ、人口や資本が都市へと流出してしまう。なんとかしようと、2008年に協議会が立ち上がり、2年後に私もメンバーに加わりました。

RIDE ON YAMANASHI
NPOやまなしサイクルプロジェクト 主催の「南アルプス ロングライド2016」サイト内のプロモーション動画の一部。
ドローンを飛ばして地域の人たちと作ったもの。
このほか、坂好きにへ向けたSNSサイトも作った。

はたしてこの山岳地帯に観光資源はあるのか。あったとして、どうデザインすればいいのか...。思い悩んでいたときに、「山梨は、ほんとに自転車天国だな」という兄の何気ないつぶやきがヒントになったのです。彼は無類の自転車好き。東京の自宅からロードバイクで笹子峠を越え、私の家によく遊びにきていました。「絶好の路面コンディション、勾配のきつい坂道、澄んだ空気、疲れを癒す温泉...。サイクリストなら誰もが憧れる」。「これだ!」と、早速、日本人で初めて近代のツール・ド・フランスに出場した元自転車ロードレーサーの今中大介さんに相談。さらに多くの方々の後押しを得て、プロジェクトは始動します。

甲州ワインが、いつかは世界的ブランドに!?甲州ワインが、いつかは世界的ブランドに!?

地域活性プロジェクトが成功する絶対条件は、地域住民の参加。さらに、行政や関連団体の資金面、法律面でのバックアップも必要です。ですから、プロジェクトを進めるにあたっては、あらゆる人の声に耳を傾け、情報を整理し、問題解決への道筋を示すことが求められます。会議では、自然とファシリテーター(中立な立場で進行する役割)の役回りになりますね。

とはいえ、最初からそうだったかというと、いや、全く...(汗)。山梨の大学の教員になったのが約20年前。地域活性化の審議会の委員を仰せつかったのですが、まだ若く、商店街の会長さんや役所のお偉方に流通システムやマーケティング・チャネルの最新理論を懸命に説いていました。「若造が何、理論ばかり振り回して...」と鼻であしらわれるばかりで、事はちっともうまく運びません。

そこで相手の懐に飛び込むことにしました。そう、飲みニケーションです。会合を終えると、路地裏の居酒屋で胸襟を開いて語り合う。その中で、複合的な課題や、歴史や自然といった地域の強みを肌で理解できるようになり、次第にこの地に住む人たちと触れあうこと自体が楽しくなってきて。こうして「地域再生」を軸にした社会活動がライフワークとなったのです。

地域住民とのネットワークが広がっていく中で、新たな研究題材にも出合いました。それはワイン。甲州ワインが単なる商品というレベルを超え、山梨県の地域ブランドの構築とブランド向上にいかなる戦略でどんな役割を果たしてきたか。調べてみると、非常に興味深いのです。
ブランド化に向けた動きは、まず1980年代後半に、中小のワイナリー(ワイン生産者)によって、勝沼町のブドウの景観の保持と"甲州"というぶどう品種(※)のワインの品質向上をめざして基準を満たしたワインを詰める共通のロゴマーク入りのボトルを製造したことからスタート。

勝沼ワイナリーツアーの様子
勝沼ワイナリーツアーの様子

その後、東京からUターンした若者たちが、地元でとれる食材やワインの素晴らしさを広く発信しようと、2006年にさまざまな職業の同志と「ワインツーリズムやまなし」という団体を立ち上げ、生産者との交流イベントを始めました。甲州市(旧勝沼町)に散在する30数社のワイナリーの間にバスを巡回させ、ワイナリー近辺のブドウ畑や史跡を巡ることで人気となり、一日に2千人を超える訪問客で賑わうまでに成長します。これにはワイナリーだけではなく、地元の「かつぬま朝市」などで活動するボランティアの協力は欠かせませんでした。

さらに2009年には、甲州ワインをEUに輸出することを目的に、県内15のワイナリーが国の支援を得て「Koshu of Japan」という組織を結成。彼らの地道な活動が実を結び、今では甲州ワインはヨーロッパ各国で認知されるようになりました。今や、地元産のブドウを使ったまちぐるみのワインづくりを、訪れた観光客やワインファンがSNSで発信、大手の企業の広告をしのぐほどのブランド力を誇っています。

現在進んでいるのが「ワインリゾート構想」。たとえば古民家を和洋折衷型のリゾートホテルに改装し、都会の人たちにワインをゆっくり楽しむ休日を過ごしてもらおうというプラン。さらにはワイントレインもその一つ。

これを実現させるには、ワイナリーはもちろん、レストラン、公共交通機関、自治体、旅行会社など、さまざまな組織や個人の協力を仰がなければなりません。私自身、山梨県全域のワイナリーを巡るサイクリングイベントが開催できないかと、と画策中です。

※甲州ブドウは奈良時代に日本に渡ってきたとされるブドウ品種。2010年にはワインの国際的審査機関であるOIVに品種登録された

多様な主体の連携によって、それぞれの地域のサステナブル・ブランドを創り出せ多様な主体の連携によって、それぞれの地域のサステナブル・ブランドを創り出せ

このように、山梨県ではワインやサイクリングをはじめ、次々に新しい動きが起きています。成功したポイントはどこにあったのでしょうか。それは、行政やコンサルタントが組み立てたプランではなく、あるいは、生産者・サービス提供者から消費者&利用者へという一方通行ではなく、住民、行政、NPO、大学、企業など、さまざまなアクターが主体的に参加し、ムーブメントを起こしていったから。

例えば2003年に始まった「かつぬま朝市会」は、農家と新住民の交流を図ろうと、東京出身のメンバーがワイナリーの駐車場の一角を借りて自家野菜の販売会からスタート。今では自家製クッキーやパン、ネイルアートやマッサージなど120店を超える出展者が集まる集客力のあるイベントとなっています。また、近代化産業遺産などの隠れた地域資源をたどって歩く「勝沼フットパス」も、ボランティアが案内を買って出ています。
これはほんの一例です。地域ブランドの構築にあたっては、さまざまな関係者の想いや努力が横軸でつながりあって初めて成功する。その中で社会的課題を解決するためのイノベーションが起き、新しい価値が生み出され、リアルな体験がインターネットを通じて広がっていくことに注目してください。

サステナブル・ブランド国際会議2016 東京シンポジウム
2016年2月に東京で開かれた「サステナブル・ブランド国際会議2016 東京シンポジウム」の「企業と地域とNPOのオープンイノベーション」をテーマにした分科会でファシリテーターを務め、山梨の事例を紹介した。(写真:川畑 嘉文)
サステナブル・ブランド ジャパン情報サイト

現在、産業革命、情報革命に次ぐ第3のグリーン革命のさなかにあります。ここで重視されるのが、コミュニティの豊かさであり、社会的価値が高いこと。いかにサステナブル、つまり、地球環境と地域環境を保全しつつ持続可能な活動であるかが鍵になります。例えばアメリカでは健康都市を目指した地域間競争が激しくなり、健康で安全な都市が優良企業を呼び込む条件となっています。企業にとってもサステナビリティを経営戦略に取り入れて、自社の競争力とブランド価値を高めていくことが重要になってきています。サステナブルなイノベーションは一社だけでは達成できません。事業所のある地域やNPO、市民と協働して、社会的価値を生み出していくことによって、ブランドとして共感を得て、人々に受容されていくわけですね。こうしたLifeScape(生活情景)を描ける地域や企業こそが、優秀な労働者や優良な株主を惹きつけ、生活者(消費者)から賞賛されて、競争力の源泉を持つこととなるのです。
こうした国際会議を日本にも誘致していまして、アカデミック・プロデューサーとしてサステナブル・ブランド国際会議 東京を開催し、世界のネットワーク化を進めています。

日本や世界の各地で起きている最前線の動きを知り、それぞれの地域資源を発掘しブランド化していくためには、書籍などで専門知識を詰め込んでいるだけではダメです。現場に出向いて実際に体験し、遊びゴコロいっぱいに考え、行動する。そう、駒澤大学の「行学一如」の精神、アクティブ・ラーニングによって、理屈と現場をすり合わせることが大切なんですよ。

駒沢オリンピック公園のサイクリングコースをよく利用するという青木先生
駒沢オリンピック公園のサイクリングコースをよく利用するという青木先生

Profile

青木茂樹教授
1968年千葉県佐倉市生まれ。慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得。南カリフォルニア大学マーシャルスクールオブビジネスにて研究員。山梨学院大学現代ビジネス学部教授などを経て、2008年駒澤大学経営学部市場戦略学科教授。山梨県産業振興ビジョン策定委員会委員、山梨県新しい都市づくり委員会委員などを歴任。主な著書に『マーケティング戦略論』『戦略的マーケティングの構図』など。

歴史ドラマが地域活性化のきっかけになることも・・・。
ということで、次回は「戦国から江戸時代の研究」にタスキを繋ぎます!

次回は 第4区 文学部歴史学科 久保田昌希教授

駒澤大学ラボ駅伝とは・・・
「ラボ」はラボラトリー(laboratory)の略で、研究室という意味を持ちます。駒澤大学で行われている研究を駅伝競走になぞらえ、リレー形式で紹介する連載メディアです。創造的でユニークな研究を通して見える「駒大の魅力」をお伝えします。

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