学生時代から有機物と金属との関わりに興味を持ち、現在は、ねらったがん細胞にピンポイントで分子を送り届ける技術を探究しているのが岡田朋子先生。キーワードは、「分子をデザインする」。いったい分子のデザインとは?それによって、医療や創薬の世界にどんな可能性が広がるのだろう?
タンパク質と金属がくっつくと、いいことがある!?
学生時代に理学部で化学を専攻し、大学院では「生物無機化学研究室」に所属していました。いったいどんな研究をするのか、想像できないかもしれませんね。
私たちの身体を構成している物質は、大きく「有機物」と「無機物」に分けられます。主な有機物にはタンパク質・脂質・核酸などがあり、一方、無機物には水や骨などがあります。さらに体内には、無機物として鉄やカルシウムのような「金属(イオン)」も存在します。これらの金属は、有機物と組み合わさって互いに作用しながら役目を果たしています。例えば鉄は、血液の赤い成分であるヘモグロビンというタンパク質の中に格納されて体内を循環し、身体のすみずみに酸素を運ぶ重要な働きを持っています。
私は、有機物と無機物とを組み合わせることで、新しい機能を持った分子、つまり「機能分子」をつくり出す研究に取り組んできました。キーワードは「分子をデザインする」。実は、この「デザインする」という言葉、恩師が使っていたもので、私のオリジナルではありません。でも、この言葉以外にぴったりはまるものがまだ見つからないので、使わせてもらいますね(笑)。タンパク質の形状を短くカットしたり、長く伸ばしたり、丸くしたり、小さくするなど、形を操作すると、目的とする機能を持たせることが可能になります。例えば、カルシウムをキャッチしたいとき、カルシウムがちょうど入る輪っかにタンパク質をデザインすれば、マグネシウムにはくっつかないけれど、カルシウムだけを捕まえるというようにコントロールができるわけです。
言葉で言うと簡単そうですが、なかなか思い通りにデザインできないことも多いのです。いざ、輪っかの形をしたタンパク質をつくろうと考えて、ヒモ状の頭とシッポの部分をつなげようとしても、1つの分子で輪にならずに、別の分子のシッポをつかんでしまったり、ねじれてしまったり。試行錯誤の連続です(苦笑)。だからこそ、思い通りの分子をつくり出したときのうれしさといったらありません。そのときの感動が忘れられず、研究を続けているのかもしれませんね。
がん細胞だけに集まり、がん細胞を破壊する分子を求めて
最近では、体内のどこにいるかわからないがん細胞を見つけ出し、そこにとどまる分子をつくり出すことにチャレンジしています。いわゆる「ドラッグ・デリバリー・システム(Drug Delivery System, DDS:薬物送達システム)」です。
現在、治療で使われている抗がん剤の多くは、正常な細胞にもダメージを与えてしまうため、副作用が生じてしまいます。でも、もしねらったがん細胞だけにピンポイントで集まってくれる分子をつくることができれば、副作用が軽減されるはず。
がん細胞にもいろんな種類や個性があって、正常な細胞とがん細胞とを見分けることはなかなか難しい。最近では、少しずつですがピンポイントでがん細胞にダメージを与えられるような分子標的薬が開発され、臨床でも使われ始めているようです。でも、この研究領域はまだまだこれからだと思っています。ピンポイントでねらう方法は、一つじゃないはずです。
私の作戦にもいくつか種類があり、それぞれにあった分子をデザインしています。例えば、「がん細胞がグルコース(糖)を盛んに取り込む」という性質を利用した例でご説明しましょう。
どのようにして目的のがん細胞を見つけるかというと、ちょうどパズルのピースが穴にピタッとはまるのに似ています。グルコースというピースがちょうどはまる穴が、ターゲットのがん細胞にはあり、そこにピースが集まっていく感じ。貨物列車のイラストを見てください。先頭車両ががん細胞を見つけるパーツだとすると、続く車両に光で細胞を壊すパーツや抗がん剤を積んでおき、ねらった場所で荷物をおろし機能を発揮させる、そんな作戦です。
現在、この分子ががん細胞に集まり、特殊な光で壊れるところまでは実証できました。今後、がん細胞と正常細胞とが共存しているときに、ねらい違わずがん細胞だけに集まるか、また実際に体内でもがん細胞をねらって壊せるのかを検証していきます。
思い通りに動いてくれないからこそ、分子は面白い
新しい機能分子をデザインするにあたって、苦労する点は2つあります。ひとつは、デザインした通りに分子がつくれるかどうか。もうひとつは、つくった分子が想定どおりに機能するか。
最初に分子をデザインするときは、まず紙の上で分子の形をイメージします。服のデザイナーさんも、まずは頭の中に浮かんだイメージをラフ描きするんじゃないでしょうか?きっとそれと同じ。
人間の身体を構成している基本的な物質(核酸、タンパク質、脂質、糖質)の多様な形と機能をベースにして、「ここにあの金属をくっつけたら、何か起こるのでは...」と想像しながら鉛筆を走らせます。身体の中にある物質の基本構造はある程度頭に入っていて、水の中でどういう形になるかなぁ、などと想像しながらデザインします。
第2段階は、シミュレーション。コンピューターを使うことも。紙に書いた2次元の分子を、3次元に変換する作業です。服のデザインでいえば、実際に生地を切り、細部のサイズや形状を決めていく段階です。おそらく、ですけど(笑)
問題は、ここから。デザインした分子を完成させるのは、そうそう一筋縄ではいかないのです。体の中で起こっていることを人工的に試験管の中で再現しようとすると、複雑な回り道をしないと想定通りの形にはなりません。AとBをつなげば、必ずCになるわけではなく、ときにDができたり、Eができたりするので、さまざまな工夫が必要になります。実験室で、悶々とする日々が続くわけですね。
そしてようやく分子が完成したら、その物質を細胞に反応させて、挙動を見るのです。想定通りの反応が起こるかどうか?ここはワクワクドキドキの瞬間。けれど、ここでも期待した結果が得られるのは稀ですね。想定通りに行かなかったときからが勝負です。その原因を見つけだし、デザインを微調整して再トライ。
私が取り組んでいるのは基礎研究なので、この結果が即、創薬に結びつくというようにはあまり考えません。むしろ、新しいアプローチでデザインした機能分子がどんな反応をしたかなどのデータを発信していくことが大事だと思っています。製薬会社などでの新薬の着想のヒントになれば、基礎研究にたずさわる者の冥利に尽きますね。
- 岡田朋子講師
- お茶の水女子大学理学部卒業。お茶の水女子大学大学院修士課程、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。2010年、東京工科大学応用生物学部助教。2012年、東京工科大学片柳研究所研究員を経て、2013年より現職。専門分野は、ケミカルバイオロジー、医用材料科学、生体関連化学。
ドラッグデリバリーシステムは体内での薬物輸送システムとも呼ばれます。
ということで、次回は「経営学から見た流通の研究」にタスキを繋ぎます!
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