マーケティング・コミュニケーションとは、企業が商品やサービスを消費者に広め、購買を促すための情報発信のこと。インターネットの普及によってコミュニケーションを行うメディアも手法も大きく変化し、消費者自身も自由に情報を発信できるようになってきた。多様なメディアによる広告効果を研究している中野先生に、現代の消費者の意識や行動とマーケティングの課題についてうかがった。
クリエイティブな広告と販促キャンペーン
その落差を消費者はどう受け止める?
私の専門はマーケティング・コミュニケーションです。消費者に自社製品を広め、良い評価を得て購入してもらうために行われる企業の情報発信と、消費者の受容と行動について研究しています。なかでも、多様なメディアを使った広告の効果について興味があります。
研究の出発点は、広告会社で経験した店舗の現場です。大学卒業後、大手自動車会社系列の広告会社に就職し、マーケティングの部署で9年ほど働きました。最初は広告制作のための戦略立案をしていたのですが、その後、販売現場の視点を重視した「売りの提案研究所」という部署に異動し、販売店でのキャンペーン企画や、販売スタッフのための教育資料の制作などを担当することになりました。そこで、これまで関わってきたイメージが重視されるマス広告と、ノボリがはためき、ポスターが多く掲示されている販売店の泥臭いキャンペーンとのギャップに気づき、広告と店舗という異なるメディアを組み合わせたとき、企業や商品の情報が消費者にどのように受け止められるのかに興味を持ちました。
そんなとき、大学時代のゼミの恩師である亀井昭宏先生が社会人大学院を開設すると聞き、大学院へ入学。働きながら大学院に通うのは大変でしたが、自分の経験が研究に繋がるのが面白くて、博士後期課程のときに会社を退職し、研究の道に進むことを選びました。
接する順序で評価が変わる
クチコミ情報と広告
かつては、広告メディアといえばテレビや新聞が王道で、テレビでコマーシャルを流せば多くの人に情報を見てもらえました。しかし、インターネットの普及もあいまってメディアは多様化し、情報と接する機会が大きく変化しています。さらに消費者自身も商品レビューやSNSへの書き込みなどで、主体的に情報を発信するようになってきました。広告を見て、欲しい商品があれば、販売店のレビューやクチコミ情報を当たり前のように調べます。そのとき、とても否定的なレビューがあったら、どう思うでしょう?
そこで、実際に企業が発信する広告と商品レビューを使って、見た人にどのような効果が現れるのかを調べてみました。実験では、ある商品に対して、①広告、②肯定的なレビュー、③否定的なレビューを用意し、広告とレビューを、①→②、②→①、①→③、③→①という4つのパターンで見てもらい、ブランドへの態度を比較しました。すると、肯定的なレビューは、見る順番にかかわらずブランド評価に大きな影響は与えませんでしたが、否定的なレビューについては、広告の後にレビューを見せた場合のほうが、ブランド評価が大きく下がったのです。メディアの組み合わせだけでなく、情報に接する順番によっても広告の効果が変わるということは興味深い発見でした。まさにコミュニケーションの難しさといえるでしょう。
メディアに潜むあいまいな広告は
子どもにどんな影響を及ぼすか
現在、進めている研究は、「子どもに対するデジタル広告の効果と影響」です。私には小学生の息子がいて、彼はウルトラマンが大好きです。番組を見ているとヒーローが使う武器がすぐに商品化されてCMで流れてきますよね。もはや、商品を売るための番組なんじゃないかと思うほどです。子どもは純粋に「欲しい!」となるわけですが、その素直すぎる反応が、ちょっと危ないなと思いました。
それから、最近はおもちゃやトレーディングカードなどの商品の箱を開けながらその様子を実況する「開封動画」が人気で、息子もその真似を始めました。動画サイトはあまり見せていないはずなのに、友だちにスマホを渡して「それでは、開けまーす!」と、ミニカーの開封を撮ってもらっている。もちろん動画サイトにアップするわけではありませんが、どこで知ったのかと驚かされました。
そんなことから、子どもに動画を見せたときや、親が子どもに動画を見せている時間や接し方によって、子どもの反応がどう変わるかを調べてみようと考えました。2021年度から「子ども向けコンテンツ統合型動画広告に対する子どもの情報処理と親の媒介効果の検証」というテーマで、科研費の助成を受けることができました。他の先生方と共同で、より詳細に研究を進めます。
子どもと広告の話でいえば、キッズユーチューバーの動画も人気があります。しかし、こうして発信される映像の中にはスポンサーがらみの動画も混じっていて、その区別が非常に分かりにくいのです。そのため、子ども向けの広告はもっと規制すべきだという慎重論もあります。でも、私は企業の視点でも研究をしてきたので、企業も子どもも親にとっても、お互い安心なWin-Win-Winの関係をめざしたいのです。三者にとって最適な広告コミュニケーションのあり方を提言できればと考えています。
商品に関連した双方向のコミュニケーションで受け手の共感度が上がる?
研究の魅力は、自分の研究が社会の役に立っているという実感が持てることだと思います。子育てと仕事との両立には難しさも感じていますが、一方で社会に役立つ研究がしたいという気持ちがいっそう強くなりました。
一例をご紹介しましょう。きっかけは本学経営学部の青木茂樹先生からの紹介です。コロナ禍で、オンライン授業や自粛が続く生活下で鬱屈しがちな学生のストレス軽減に花が使えないかという実験を行いました。花は長期計画で生産するため、コロナ禍などで急に出荷が止まると捨てるしかありません。それを「フラワーロス」といいます。しかし、新たな効能や利用法が見つかれば、花の廃棄を減らすことができ社会還元にも繋がります。
研究では10日に1回、学生に花を届けて2か月間その行動を見ました。先行研究では花の画像を見せて脳波を調べるものだったので、今回は実際の花を使った長期的な手法を採用しました。現在分析しているところですが、普段、花を買わない人でも、「花の世話をした」とか、「花を飾るために部屋の掃除をした」といった行動が見られました。
また実験では、花を届ける学生の半数にLINEで花の由来や関連情報も発信しました。残りの学生には花の名前しか情報はありません。すると、LINEで情報を得た学生からは、「花に親しみが湧いた」、「届くのが楽しみになった」という声が寄せられました。もしかしたら、商品に関する双方向のコミュニケーションを増やすことで、消費者の共感を高められるかもしれません。花に興味のなかった学生の意識の変化など、さらに分析していきたいと考えています。
多様な情報があふれる時代だからこそ誠実なコミュニケーションが必要
近年は、ゼミ生たちの研究テーマもデジタルメディアに関するものが増えています。フリマアプリ用の商品写真の載せ方についての研究、フォロワーの増やし方、動画配信の"投げ銭システム"について研究している学生もいます。
もちろん、オールドメディアに関心がないわけではなく、他大学との学生研究発表会で昨年優勝したのは、店頭のPOPやポスターがテーマでした。
ただ、現実に新聞を読んでいる人は減っていますし、テレビの視聴も10代、20代では約半数にすぎません。インターネットのニュースは意外に見ていますが、AIによって分析された、自分の興味があるニュースばかりが送られてきます。インターネット広告も同様で、行動履歴をもとにして関連広告が表示されるので、企業が情報発信をコントロールすることも難しくなっています。そうしたターゲティング広告に嫌悪感を抱く人がいる一方で、好きな情報が次々出てくるのは楽でいいという人もいる。受け手の価値観も多様化しているのです。
今の時代は、企業が一方的に情報発信するだけでは、なかなか関心を持ってもらえません。とはいえ、企業の広告をクチコミのように見せたことが後から分かれば、ブランド価値が傷つくこともあります。やはり広告は広告として誠実に伝えること。その上で、情報発信の手法、メッセージの内容、メディアの使い方に一層の工夫が必要になってくるのではないでしょうか。
消費者をよく見て共感を得ることが、昔以上に重要になってきたと感じます。改めて広告の原点に帰れ、ということかもしれませんね。
- 中野香織教授
- 早稲田大学商学部卒業。広告会社在職中に、同大学大学院商学研究科に入学。2008年同大学院博士後期課程単位取得退学。同大学助手、駒澤大学経営学部専任講師、准教授を経て、2018年より現職。企業現場での実践経験を活かし、多様なメディアによる広告効果を探っている。共書に『わかりやすいマーケティング・コミュニケーションと広告』(八千代出版)、『クリエイティブビジネス論』(学文社)ほか。