DATE:2017.08.03研究レポート
研究こぼれ話『映画にこぼれたイギリス小説』
文学部英米文学科 川崎 明子 准教授
- 文学部英米文学科 川崎 明子 准教授
- 研究テーマは、イギリス小説。
イギリス小説の映画化は多数あり、研究も盛んだが、そうではない現代映画に一要素として古典作品が登場する場合も興味深い。映画に組み入れられることで、既に夥しい種類の解釈をされてきた小説に、現代的な読みが加わると同時に、映画には古典が有する伝統と幅が付与され、深読みが可能になるからだ。
例えば、クリント・イーストウッド監督『ヒア アフター』(2010)には、ディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』(1849-50)が出てくる。死者と交信する特殊能力ゆえに孤独に苦しむ主人公は、この小説の朗読を聴くことで、ささやかな癒しを得ている。そしてロンドンの朗読会に行き、運命の出会いを果たす。映画の視聴者で小説を知っている人は、繊細な少年が苦労のすえ成長・成功する物語の諸要素を、自然に映画の解釈に持ち込むことになる。
他にも、キャサリン・ハードウィック監督『マイ・ベストフレンド』(2015)には、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』(1847)が登場する。ミリーとジェスは少女時代からの大親友だが、ミリーが乳癌になり、ジェスは不妊治療のすえ妊娠する。二人は共に愛読してきた『嵐が丘』の舞台のハワースに行く。死を覚悟したミリーが、自分の娘に「私の魂はいつも一緒よ」と言う時、死後なお、子ども時代の親友を思い続ける『嵐が丘』のキャサリンとヒースクリフの姿が重なる。
古典小説のテクストは、手稿の新発見などがない限り不変だが、映画に引用されることで、更新を続ける。意外なところにこぼれたイギリス小説を拾う作業は、非常に楽しい。
※ 本コラムは『学園通信328号』(2017年7月発行)に掲載しています。掲載内容は発行当時のものです。