コロナ禍の巣ごもり需要も追い風となって、日本でもネット通販の利用が急速に増えている。現在、世界各国のネット通販市場は、大手プラットフォーマー企業による寡占化が進んでいる。グローバル視点からマーケティングを研究する朴先生は、国境をやすやすと越えるネット通販時代を見据え、世界に発信できるD2Cブランドや、その人材の育成が急務だと言う。日本の企業はどこに向かって行けば良いのだろう?
売り場としても機能する
ネットメディア全盛時代へ
私の専門はマーケティング・コミュニケーション。なかでも、ここ数年はグローバルな視点から、ネット通販や生活者起点のマーケティングの研究に力を入れています。
マーケティングは1900年代からアメリカで発展してきました。当初は大量生産・大量消費を前提にしたマス・マーケティングでしたが、1990年代後半から徐々に競争環境や消費のパターンが変わってきます。日本においても、高度成長期に作られた、いわば昭和のシステムで動いてきた社会が大きく変わり、市場が成熟し少子高齢化が進んで、「良いものを作れば売れる」という時代ではなくなってきています。
メディア環境も大きく変わりました。世の中の60歳以上の人は、メディアの中心に本や新聞といった印刷媒体がありますが、40~50代はテレビやラジオなどの放送媒体、そして30代以下は完全にネット媒体が中心となっています。このように印刷媒体、放送媒体、ネット媒体というそれぞれの媒体に慣れて成長した世代が同時代に生活するようになったのは歴史上初めてです。
2021年に発表された電通の媒体別広告費によると、2020年度のインターネット広告費は、新聞・テレビ・雑誌・ラジオのマスコミ4媒体広告費と肩を並べ、日本の広告費全体の36.2%を占めるまでになっています。ここまでネット広告費が増えたことから、ネット広告の特徴を考える必要があります。ネット広告は、新聞やテレビ広告とは異なり、ネット広告からシームレスに買い物ができます。たとえば学生たちは、インスタグラム広告から気になる商品があれば、その広告からすぐネット通販サイトに移動し買い物をしています。このようにメディアは情報を伝えるコミュニケーション機能だけではなく、売り場として進化しているのです。
プラットフォーム企業の寡占化に対抗しD2Cブランドを構築せよ
こうした社会の変化をいち早く取り込んで、売上を伸ばしてきたのがネット通販です。
世界各国のネット通販市場ではAmazonのようなプラットフォーム企業の寡占化が進んでいます。すでにアメリカでは、ネット通販全体の約40%の売上をAmazonが占め、なんとアメリカ全体世帯の約半数がAmazonプライム会員です。同社はその顧客情報を使って確実にビジネスを拡げ、近年は実店舗を積極的に展開しています。2017年には高級スーパー「ホールフーズ・マーケット」を買収したほか、高級デパートを作る計画も発表。2020年には調剤薬局を買収して「Amazon Pharmacy」もスタートしました。日本では薬事法などがあって展開できませんが、もし日本でも薬局が展開可能となれば日本の調剤薬局は大変なことになります。
日本は人口当たりの店舗数が世界でもっとも多いため、日常的な買い物はこれまでネットで買う必然性がありませんでした。コロナ禍もあってネット通販が好調だった昨年度でさえ、その市場規模は小売市場の8.2%にすぎず、中国やアメリカと比べてネット通販はまだまだ発展途上です。しかし、少子高齢化が進み、これからは人件費や店舗の維持費が上がっていきます。さらにデジタルネイティブ世代ともいわれている若年層の生活はネットが中心なので、近い将来、小売業の中心はネット通販になるでしょう。
では、ネット通販全盛という時代の変化に対応するためには、何をすれば良いのか?
まず、独自のD2C(Direct to Consumer:メーカーが代理店や店舗を介さずにネット通販で直接消費者に商品を販売するビジネスモデル)ブランドを作り上げていくことです。日本のネット市場では、健康食品や化粧品などの単品通販と呼ばれる領域は、プラットフォーム系企業の拡大の中でも健闘しています。ダイレクトメールやテレビ通販で素晴らしいノウハウを持ち、コールセンターでは徹底的に接客力を鍛えたスタッフが対応する。それが、国内の通販企業が大きな収益を上げる秘訣です。さらに、"職人文化"の強みもありますので、世界的なD2Cブランドを育成できる土壌は存在します。世界のネット通販市場でこれらの強みを発揮するために、D2Cが大きな武器になるのです。
当初のネット通販はコストもかかりIT知識が必須でしたが、今や誰もが低コストで商売を始められる時代です。いろいろなツールを使えば、自分のネットストアから世界中のお客さまに直接販売ができるのです。たとえば、カナダのプラットフォームサービス「Shopify(ショッピファイ)」やネット決済サービス「Square(スクエア)」などのサービスを利用すれば、手頃な使用料で世界の顧客を対象に自分のオンラインストアを持つことができるので、中小企業や個人経営の零細企業も手軽に参入できます。
D2Cブランドのもうひとつのメリットは、顧客データが取得できることです。楽天やAmazonに出店した場合、顧客データはプラットフォーマーであるサイト運営者のものです。しかし、自前のネットストアなら、顧客データを取得・分析し、新たなコミュニケーションやビジネスを展開できます。アメリカのネット通販事情に関しては、D2Cブランドについてのより詳しい解説を日本経済新聞2021年6月4日朝刊の経済教室欄に「デジタル時代の小売り(上):ネットでの直接販売開拓を」という内容で寄稿したことがありますので、参考にしてください。
社会のニーズに満たすネット通販時代の人材育成をめざして
ITによるビジネスの変革が叫ばれるなか、IT人材の育成も重要ですが、生活者起点から商品をブランディングし、ITで事業を興せる人や企業を育てることが何よりも重要です。ブランドの育成には時間がかかり、長期的な観点からの投資も必要ですので、これから準備しないとグローバルなネット通販市場で出遅れる恐れがあります。
急速に変化していく社会では、それを体系化して学ぶまでに企業と教育機関ではタイムラグが生じます。社会のなかでマーケットが動き、それが体系化されて学問になり、最後に教育となるからです。しかし、そのタイムラグをなんとか埋め合わせたいと考えて、私の講義やゼミではさまざまな工夫を凝らしています。
たとえば企業とのコラボレーションはそのひとつ。これまで、DDB Japan(2015年)、GfK Japan(2016年)、ドミノ・ピザ ジャパン(2017年)、良品計画(2018年)、ソニー・ヤフージャパン(2019年)など、企業での実習をはじめ、学生たちから企業へ若者向けの商品やアイデアを提案してきました。
また講義でも産学連携に力を入れています。有力企業の経営者や責任者だけではなく、関連領域の専門家のご協力を得ています。2021年も20名以上の国内外の専門家に講義にご登壇いただき、最先端の知識を深める場を学生に提供しています。なお、ネット通販の人材育成のため、2017年度からはJADMA(日本通信販売協会)の寄附講座によって、ダイレクト・マーケティングの教育を本格的にスタート。今期からは新日本製薬の寄附講座も開講し、産学連携で社会の求める関連人材を育てようとさまざまな取り組みを行っています。
マーケティングとは、製品やサービスをお客さまに提供し、その対価を受け取る交換プロセスです。学生たちには、「Happiness is our ultimate goal(幸福は私たちの究極の目標)」という言葉とともに、その意義を教えています。企業はお客さまの幸せを考え、お客さまの幸せのために価値のある製品やサービスを提供する。その対価を払ってお客さまも幸せになるのです。
私は、一人一人の学生がマーケティングの本質を理解したら、社会の中で、より幸せな人生を送ることができると考えています。自分より相手を先に考える、短期的な利益より、長期的な関係性を重んじる...そうしたことができたら、より明るく、より幸せな社会になるでしょう。
- 朴正洙教授
- 銀行、商社勤務を経て、2001年、Sungkyunkwan大学経営大学院修士課程修了。05年、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。12年博士後期課程修了。博士(商学)。同大学助手、助教、などを経て15年より駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部准教授。19年より現職。マーケティング、マーケティング・コミュニケーションを専門とし、『実践ダイレクト・マーケティング』(千倉書房)、『消費者行動の多国間分析』(千倉書房)、『セレブリティ・コミュニケーション戦略』(白桃書房)ほか国内外で多数の著書や論文を刊行。