世界の憲法比較から見た日本国憲法
西 修 名誉教授
84%の国の憲法に平和主義条項がある
負けず嫌いであまのじゃく。これが私の性格で、研究でも同じです。憲法学を専攻して大学院に進んだところ、当時の研究は欧米諸国の憲法を対象に、判例学説の研究ばかり。これではおもしろくないと、それまでほとんど手がけられていなかったアジアやアフリカの憲法を調べてみようと思い立ったのが世界の憲法比較を始めたきっかけです。
現在、世界に成文憲法は188ありますが、それを全部調べました。その結果わかったのは、日本は新憲法というけれど、もはや古い方から14番目で、特に1990年以降の20数年の間に100もの国で新憲法がつくられており、決して「新」憲法ではないということ。また、「日本国憲法は世界で唯一の平和憲法」とよく言われますが、それが「神話」でしかないことは、188カ国の憲法中84%にあたる158カ国の憲法に平和主義条項が設けられていることをみれば明らかでしょう。
「この国のかたち」を構成する基本法の観点で
もう一つ力を注いできた分野が日本国憲法の成立過程の検証です。
1984年から、GHQ(連合国総司令部)で日本国憲法の原案を作成した当事者や、当時を知る関係者約50人にインタビューを重ねるとともに、日本の占領管理政策を決定した極東委員会の議事録を精読・分析しました。
こうして得た知見をもとに、日本国憲法のあるべき姿について、本質的な面から考えてみたい。たとえば「国家権力を縛る」憲法という側面のみが強調されがちですが、国家と国民を対立構造で捉えるのではなく、ともに力を合わせて「この国のかたち」を形成するために行動する協同関係と見るべきで、こうした観点から古今東西の憲法史と憲法観をもう一度整理してみたいと思っています。
37年の在職期間に貢献できたこと
在職は37年を数え、人生の半分は駒澤大学とともにありました。忘れがたい思い出は多く、ひとことでは言い尽くせませんが、やはり教職員のみなさんや学生諸君など多くの人とめぐり会えたことが最大の思い出です。
多少の貢献もできたかなと思います。たとえば国際交流では、私が赴任した当時も留学生はいましたが、より親密にサポートできるよう、私のゼミを中心に国際交流研究会をつくって、一緒に旅行に行ったり、クリスマスパーティーをやったり、日本語を学ぶ手伝いをしたりして、現在の国際センターの先駆けになるような活動をしていました。
当時駒大で共に教鞭をとっていた佐々木宏幹先生や福岡政行先生らと連名で公開講座開設の進言書を提出し、それが現在の公開講座の端緒となったのも、忘れがたい思い出の一つです。また、ゼミで駒沢大学駅までの清掃奉仕活動を20年以上続け、現在全学的に行っている地域環境クリーン活動に引き継がれています。
世田谷名物に育った駒澤落語会
もう一つが落語会です。私は早稲田大学の落語研究会出身で、「またも家楽大(やらくだい)」という高座名を持っています。2001年、落語を通じて地域との繋がりを広げようと大学に働きかけ、世田谷区や町内会などにも声をかけて大学内で駒澤落語会を開催したところ、これが大盛況となりました。その後も毎年1回のペースで落語会を開くようになって、退職するまでに全10回を数え、年を追うごとに大きくなり、世田谷名物にまで育ちました。
最後の落語会で名誉真打ちの称号をいただきました。今も講演に行ったりすると、講演後の懇親会でショート落語をやったりしています。脳の活性化にもなり、周囲をなごませる落語は、私にとって無二の存在です。
- 西 修 名誉教授
- 富山県生まれ。1970年早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。政治学博士、法学博士。防衛大学校人文科学教室専任講師、助教授を経て1974年より駒澤大学教授に。2011年3月退職。同年6月名誉教授。専門は憲法、比較憲法学。日本国憲法に関する著書多数。
※ 本インタビューは『Link Vol.4』(2014年5月発行)に掲載しています。掲載内容は発行当時のものです。