夏野剛『ア・ラ・iモード iモード流ネット生態系戦略』

日経BP企画 2002

森戸雄輔

 

選定理由

私たちの生活で携帯電話といえばもはやなくてはならない存在になっているといっても過言ではない。どこでも電話ができ、コンパクトで持ち歩きも可能である。さらに最近では、インターネットや音楽も聞け、テレビまでも見られるようになった。携帯電話一つで何でもできる時代はすぐそばまできている。その中でも「iモード」は携帯電話機の機能の主体である。その「iモード」がどのようにしてここまで爆発的な普及を成功させたのかを知るためにこの本を選んだ。

 

著者の紹介

夏野剛(なつの たけし)

早稲田大学政治経済学部卒、ペンシルベニア大学経営学院ウォートンスクール卒(MBA取得)。東京ガス株式会社に勤務後、インターネット・ベンチャー企業ハイパーネット社の元副社長を務め、iモードの立ち上げのためにNTTドコモに入社。一貫してiモードの戦略策定の責任を務める。現在NTTドコモ、プロダクト&サービス本部マルチメディアサービス部長

 

注目すべき一節

「ユーザーの立場から見ると、iモードというサービスの価値を決めるのはコンテンツである。面白いコンテンツ、役に立つコンテンツがあったから、ユーザーはiモードを使ってくれる。ここから、『豊富なコンテンツがユーザーを生み』『ユーザーの増加がさらなるコンテンツの増加を生む』という、iモードのポジティブ・フィードバック(好循環)が生まれたわけだ。」16

「ドコモとしては、iモード事業を推し進めるにあたり、ベンチャー企業の育成を支援したわけではない。市場が大きくなるなかで、iモードがビジネス・チャンスと判断して続々と参入する会社が自然増殖的に増えていったのだ。」92

「海外への展開には、配当による収入増や機器購入のコスト削減とはまた別の期待がある。活動の範囲を広げることにより、新しい技術やアイデア、ビジネス・モデルを取り込むことだ。これにより、iモードがますます発展することを期待している。」243

 

 

 

要旨

ネットビジネスの特徴は、いろいろな要素が複雑に絡み合っていて、そして終わりがないことである。どこまで行っても、次の展望が広がってくる。しかし、方向を間違っていたら、視界が広がってもビジネスにはつながらない。大きな方向性を意識しながら、目の前のビジネス判断をしっかりしていくことが大切である。

携帯電話機メーカー、コンテンツ事業者、ドコモ、サーバー・メーカー、そしてiモードのユーザーがばらばらになっていたのではiモードのネットワーク全体が成長しない。これらを上手く成長させることがドコモの役割であった。これらの関係は、一連のバリューチェーン(価値体系)として捉えることができる。ユーザーが操作しやすく、同時に高度な機能を備えた携帯電話機、それをつなぐ通信業者のネットワーク、そしてインターネットに接続するゲートウェイ・サーバー、ユーザーが目的のコンテンツを簡単に探すことができるポータル、さらにコンテンツ流通をささえるビジネス・モデル。これらのプラットフォームとコンテンツがお互いに影響し合うことによって、ユーザーの満足度の高いバリューチェーンが初めて完成する。

 

講評

著者の問題設定

      サービスが便利で使いやすく、利用母体が大きくなったことで生まれた不特定多数のユーザーに一方的にメッセージを送りつける、いわゆる「迷惑メール」や、インターネットを通じて同じ目的を持つ人たちが知り合う「出会い系サイト」をきっかけとした犯罪の多発。

      最初にiモードを使う段階でされているユーザー認証(正確に言えば端末の認証)が個々のサービスを利用する場合に生かされていない。つまりiモードを使い始めるときの認証で、すべてのサービスを横断的に使うことができないだろうか。

 

 

著者の回答

      各社のモバイル・インターネット・サービスは、既に社会インフラになっている。だから、最終的な解決方法は社会全体のコンセンサスが得られないと決定できない。迷惑メールを完全になくす為の究極の手段は、インターネットとの接続をすべて遮断することである。しかし、インターネットを使ってサービスをしている事業者とそのサービスを利用している大勢のユーザーがたくさんいるので、インターネットとの接続を絶つという方法では彼らの理解を得られない。本音を言えば、このようなメールは自動的に切り捨ててしまいたい。ところが、通信の場合には、この行為が「検閲」にあたるという意見がある。送信元を確認し、架空であればカットするというのは、通信業者が第三者の私信を覗いていると見なせるという考えだ。このような意見を言われると、通信業者としては実行に移すことができない。だが、迷惑メールの増加を受けて、総務省と経済産業省が迷惑メールを禁止する法律を定めた。これにより、照らし合わせる法律があって、初めて通信業者はメールをカットできるようになった。

出会い系サイトに関しては、現段階ではユーザーにリスクを認識したうえで利用してもらうしかない。事業者としては、自己責任に基づいてサービスを利用してもらうよう呼びかけるしかないのである。つまり、全面的に禁止するのではなく、リスクを告知し、ユーザーもそのリスクを覚悟したうえでの利用を積極的に認めるしかない。

      リアルな世界では、複数のサービスを受ける場合には店舗を移る必要があるから、その都度認証作業(サイン)があっても違和感がないかもしれない。しかし、サイバーの世界なら同じ場所にいながらにして、複数のサービスを受けることができる。それこそが、サイバーのサービスのメリットである。それなら、認証作業も一度で済んだほうが、利便性は格段に上がる。そのなかで注目されているのが、サン・マイクロシステムズが提唱し、ドコモも設立メンバーとして参加している「リバティ・アライアンス」である。アグリゲーション・サービスを実現する為に必要な技術仕様は、「簡単な操作で、安全なサービスを実現する」という矛盾した条件を満たさなくてはならない。この為、仕様を決定するには、時間を要する。その仕様に基づいたシングル・サインインのサービスを実現するのはもう少し先になるが、現在、着々と準備を進めているところだ。

 

評者の見解

      大きな社会問題にもなっている迷惑メール。携帯電話各社もそれぞれ対策は講じているようだが、送信者側の権利や通信の秘密という問題もあり、決定打は出ていないのが実情である。基本的にはメールアドレスの変更が手っ取り早いのだが、こちらが被害者なのにアドレスの変更という方法で逃げるのは納得がいかない。このような状況では法による取り締まりが必要になる。現に法律が施行されているにもかかわらず迷惑メールが一向に減少しないのは、適切な処分がされていないからではないだろうか。受け身の対策だけでなく、積極的な取り締まりをするべきである。

出会い系サイトに関しては著者の考えの通り、ユーザー自身でリスクを覚悟したうえでの利用を認めるしかないと思う。だが、無知なユーザーも多いと思うので、学校での情報教育などを進めて、インターネットでの利便性と、そこから生まれる危険性を学ぶことも必要である。

      現在、ユーザーがサービス間で移動するときに、自分自身を識別するためにユーザーIDやパスワードを何度も繰り返し入力する必要がある。この従来の認証方式は、面倒ではあるが、ユーザーのインターネット上でのセキュリティとプライバシーを確保するのに役立っている。しかし、使いやすさに欠けているため、ユーザーは面倒な入力を強いられていた。シングル・サインインでの一番の不安要素は端末を紛失したときの悪用ではないだろうか。ユーザーにとっては、自分の個人情報が、悪意のある個人や組織によって許可なしに使われることがないか心配である。

 

今後の課題

NTTドコモは海外投資での失敗が相次いでいる。最大の失敗は将来性を見込んで資本参加したアメリカのAT&Tワイヤレスの思惑違いである。巨大市場のアメリカの掘り起こしの期待が高かったAT&Tだったが、経営能力に欠けた経営者がトップに座ったり、内紛があったり、ライバルの台頭で競争力が削がれたり、様々な理由で契約者数が伸び悩んでいた。株価もそれにつれて大きく下落し、ドコモは資本参加直後から、減損処理を余儀なくされた。

現在、世界の携帯電話利用者は12億人を超えている。しかし、これは世界的に見れば多いという数字ではない。今後、さらに携帯電話市場の拡大は進んでいくに違いないし、その拡大とともに競争も激化していくことになるだろう。そうした中で、NTTドコモは独自のiモードを海外通信事情者に技術供与するなどして、世界の厳しい携帯電話市場に参入していく上で、一筋の光を見出したと言えるだろう。日米欧の市場はすでに成熟期に入ったといえるが、中国やインドなどターゲットはまだまだ残されている。今後NTTドコモが世界に飛躍していく意味でもどれだけユーザーのニーズに応えられるか、あるいはどれだけ他社との差別化を計れるかなどが必要になってくる。