ベトナム・フエ便り NO.13砂丘の上で大規模エビ養殖:
|
|
平井幸弘(2013.1.7記)
|
海岸砂丘上の大規模エビ養殖 日本の水産物輸入の品目別で最大を占めるエビは、どこから来ているか知っていますか? 2005年以降2011年まで、ベトナムがトップ(金額)で、エビの全輸入量のおよそ2割弱を占めています。ベトナムから輸出される養殖エビのほとんどは、ベトナム南部のメコンデルタで生産されていますが、ここトゥアティエン-フエ省のタムジャン・ラグーンを中心とした海岸地域でも、2000年以降急速にエビ生産が拡大しました。 フエ省のエビ生産高と養殖面積の推移を見てみると、興味深い事実が浮かび上がります。エビの生産が急増した2000年〜2009年の10年間のうち、前半5年間は生産高も養殖面積も増加しましたが、後半5年間は生産高が約25%増加したのに、養殖面積は40%も減少しています。したがって、この間の面積1ヘクタール当たりのエビ生産高は、2005年が0.86トンだったのに対し、2009年には1.81トンと約2倍に増加しました。 すなわちフエ省では、前半の5年間にまず養殖施設が増加し、後半には施設は減少しながらも、集約的養殖が急増したことがうかがえます。これは、ラグーンの中や湖岸での粗放的な養殖から、湖岸低地の水田を転換した養殖池や、海岸砂丘上の新規の大規模養殖施設で、集約的な養殖が急速に進んだ時期と一致します。 衛星写真をみると、フエ市の中心から約30km北西のフォンディエン郡、および同約25km東側のプーヴァン郡の海岸砂丘上に、巨大な養殖施設がいくつも並んでいる様子を確認できます。図1は、プーヴァン郡ヴィンアン村のQuicBird画像(2006年5月7日撮影)です。この時点では、まだ@の部分に16池(2003年、約10ha)しか写っていませんが、その後A(2006年、7ha)、B(2008年、10ha)、C(2012年、5ha)の範囲に、大規模な養殖施設が次々に造成されました。 |
|||||
|
|||||
このうち最も新しいCの施設は、2012年8月に操業が始まったばかりで、一辺60m×67mの巨大な池が3×4列に並び、池に空気を送り込むための羽根車が勢い良く回っています(写真2)。その様子を見ていると、ここが標高約10mの海岸砂丘の上とはとても思えませんが、池の縁を見ると、真っ白い砂丘砂が目にまぶしく、あらためてここが砂丘の真上だと納得させられます(写真3)。 養殖池は、砂丘を整地して深さ1.5〜2.0m掘り込み、池底を厚さ0.15〜0.3mmのビニールシートで覆ってあります。しかし、こんな薄いビニールシートで、本当に養殖池の水が地下に漏れださないのだろうか、また養殖後の排水はどうなっているのかなど、周囲の環境への影響が懸念されます。なにしろ、この大規模養殖施設とヴィンアン村の最も近い集落とはわずか300mしか離れていませんし、村ではまだ水道は整備されておらず、住民は飲み水や炊事などの生活用水を、ほぼ地下水に頼っているからです。 このようなヴォンアン村の砂丘上の大規模エビ養殖と、村の地下水の利用や水質との関連について明らかにすることが、今回の在外研究の一つのテーマです。そこで以下、これまでの調査の概要について報告しましょう。 | |||||
|
|||||
大規模養殖での海水・地下水利用と排水処理 砂丘上の大規模施設では、ラグーンや湖岸で養殖されているブラックタイガーとは違うバナメイという種のエビが養殖されています(写真4)。バナメイは、近年アジア各地の養殖場で急速に広がっており、日本のスーパーでもこちらの方を見ることが多くなりました。 バナメイは、従来のブラックタイガーに比べ病気に強く成長も早く、また池底に生息するブラックタイガーと違って遊泳生活をします。そのため、池の深さを従来のものより深くすることで、同じ面積でも養殖密度をさらに高められます。その結果、ここの施設での養殖密度は150〜200匹/uで、水田を転換した養殖池でのブラックタイガーの養殖密度3〜12匹/uに比べて、十数倍から数十倍大きくなっています。 | |||||
|
|||||
養殖に必要な海水は、海岸の砂浜の地下4〜8mからポンプで汲み上げ、そこから各養殖池まで延長100数十mのパイプで配水しています(写真5)。1回の養殖期間に使う海水の量は、池の容積によって違いますが、1ha当たり17,000〜38,000立方メートルになります。この場合「海水」とは、厳密には砂浜の地下にある海水で、その塩分濃度は約27〜28‰とのことでした。 一方、エビの生育にあわせて海水の塩分濃度を調整するために、地下水(淡水)も利用されています。その地下水は、@とAの施設の近傍と、Bの施設の内陸側の防風林(10年前に植林されたアカシア林)の中の、それぞれ深さ10〜15mの地点から汲み上げられています。 AやBの施設では、2年前の聞き取りでは、1回の養殖期間に1ha当たり約10,000立方メートルの地下水を利用するとのことでした。しかし、バナメイは塩分濃度への適応範囲が広く、海水に混ぜる淡水の量を減らせるということで、化学薬品も併用しながら、現在Bでは地下水の利用は同約4,000立方メートルで、最新のCの施設では地下水は使わず、雨季に降った雨水を貯めて使っています。地下水の利用を減らしたのは、地下水の水質がエビ養殖にとってあまり良くないことが、一つの理由のようです。 |
|||||
写真5 海岸の砂浜の地下から海水を汲み上げ、養殖池に配水している(2011.3.3)
|
|||||
一方養殖後の排水は、各養殖池の池底中央にある排水口から、直径30〜35cmのパイプで池の下を通って中央の排水溝に集められます。海に流入する直前の砂浜に、広さ約1ha(80m×110m)、高さ約3mの堤防で囲んだ処理池を造り、汚泥を沈殿させる計画だったそうです。しかし現場に行くと、特別の処理は行われておらず、未完成の処理池の中を流れる排水からは、腐敗臭が漂っていました(写真6)。 |
|||||
写真6 周囲の堤防だけがつくられ、未完成の排水処理池(2012.12.21)
|
|||||
ヴィンアン村の地下水の現況 ヴィンアン村に現在水道は無く、住民は一部飲用水を街から購入していますが、生活用水は基本的には地下水に依存しています。従来は、各家庭にある深さ2〜3mの井戸を使っていましたが、15年ほど前にこの村にも電気が通じ、10年ほど前からは、ほとんどの家は深さ約12mの地点からポンプで地下水を汲み上げています。 役場の担当者によると、井戸のある家はもう2軒しかないとのことでしたが、調査対象地区を細かく歩いた結果、地下水位を測定し水質検査を実施した井戸は、合計25カ所になりました。 各井戸では、井戸枠の天端から地面までの高さ、同じく水面および井戸底までの深さを測定し、雨季の最高水面の水位も聞き取りました。水質は、水温、ペーハー(pH)、電気伝導度(EC)、塩素イオン濃度(Cl-)を測定し、パックテストを使ってCODを調べました(写真7)。 |
|||||
写真7 ヴィンアン村の井戸での表層地下水調査(2012.5.29)
(フエ農林大学の若手講師や大学院生(手前の4人)に手伝ってもらって地下水位や水質を測定) |
|||||
ところで各井戸で地下水の水面標高を知るためには、その井戸のある場所の正確な地盤高(標高値)が必要です。しかしベトナムの2万5千分の1地形図には、5m間隔(一部2.5mの助曲線あり)の等高線は描かれていますが、日本の地形図のように水準点や三角点はありません。そこで縮尺1万分の1のデジタル地盤高図(およそ100m間隔で0.1m単位の標高値が記入されている)を入手し、GPSで井戸の位置を決め、各調査地点の地盤高を推定しました。 その結果、本地域の地下水の水面標高(乾季)は、砂丘の高まりの直下で4.0m、海岸線および湖岸線で0m、2列になっている砂丘の間にある小さな谷で2.8m以下、地下水面全体の断面形は中央が少しへこんだ凸型になっています。雨季には、各地点で今回測定した水位より0.8〜1.4m高いことも明らかになりました。 調査した井戸の多くは、地面から2.0〜2.5mの深さまで掘られています。調査時(5月〜8月の乾季)には、25か所のうち水が涸れているものが4か所、井戸底に水があるもののバケツが完全に沈まない水深30cm以下が6カ所ありました。 もともと、それぞれの井戸は乾季でも十分水が得られる深さまで掘られたはずですから、現在乾季に井戸が涸れたり湛水深が著しく小さいという事実は、近年乾季の地下水位が低下している可能性があります。今も井戸を使っている住民によると、天候や時期によっては、さらに水位が下がり井戸が涸れる時があるとのことでした。しかし多くの住民は、より深い位置からポンプ取水しているので、地下水のそのような水位変化には気づいていないようです。 一方、本地域の井戸から取水した表層地下水の水質については、使用されていない井戸でpHが7〜8と若干高めですが、今も使われている井戸水の多くはpH6〜7でした。またECは、ラグーンの湖岸低地と、2列ある砂丘のうち海岸側の砂丘の地下で若干高く、ラグーン側の砂丘の地下では低い値でした。このうちラグーン側の砂丘上にあるホイさん宅では、55年前につくった井戸を今も使っています。普段は、地下12mからポンプで取水していますが、お茶を飲むにはやはり井戸(深さ2.9m)で汲んだ水の方が美味しいと自慢していました(写真8)。 |
|||||
写真8 ホイさん宅の井戸で水位・水質測定のあと記念撮影(2012.8.29)
|
|||||
砂丘上の大規模エビ養殖と環境問題 今回調査したヴィンアン村の井戸では、乾季にはその40%で涸れたり、湛水深が著しく小さくなっています。その原因は、住民のポンプ取水に伴う地下水使用量の増大、また砂丘上の大規模養殖に伴う新規の地下水利用などが考えられます。 住民の地下水使用量については、正確なデータはありません。全量井戸を使っている家庭で聞き取った、一人一日当たりの使用量が約25リットルと言う数値を参考に、ヴィンアン村(人口約9,000人)でのポンプ取水での同使用量を仮に2倍の50リットルとすると、村全体での1年間の地下水使用量は、0.05立方メートル×9000人×365日=164,250立方メートルとなります。 これに対し、砂丘上の大規模養殖で使われる地下水の量は、2年前の調査時には、1回のエビ養殖(3〜4か月)で1ha当たり約10,000立方メートルと言うことでした。各養殖池で最大年3回養殖を行ったとして、10,000立方メートル×3回×27ha(2年前の養殖池の総面積)=810,000立方メートル となります。現在は、池の面積はさらに5ha増えましたが、先に述べたように使用する地下水の量を減らしていますので、この値より少なくなると推測されます。しかしながら、砂丘上の大規模養殖によって新規に取水されている地下水の量は、住民の地下水使用量の数倍の規模になります。 一方水質については、かつての水田が養殖池に転換された湖岸低地に近い地区と、砂丘上の大規模養殖施設に近い地区で、電気伝導度がその他の地域に比べて若干高いのが気になります。今後、両地区の養殖施設周辺でさらに詳しい地下水調査の必要がありそうです。 今のところ、ヴィンアン村の住民の地下水利用に関して、深刻な影響は出ていません。しかし今後、砂丘上の大規模養殖施設が拡充されたり、排水処理が適正に行われなければ、本地域の地下水の量や水質により大きな影響が出る可能性があると思われます。 また現在、砂丘上の大規模養殖施設のすぐ北側で、隣村にまたがる総面積49haの大規模リゾート開発が計画されており、その水利用や排水問題も懸念されます。さらに今後の気候変動・海面上昇によって、海岸の砂浜のさらなる侵食や、砂丘地下に存在する淡水レンズの縮小などが進むことも心配されます。 したがって今後、本地域の地下水について、継続的な水位観測や詳細な水質検査を行い、養殖施設の拡充やリゾート開発においては、それらの地下水への影響について適切なアセスメントを実施することがとても重要と考えます。残念ながら現在はそのような態勢になく、今回の私達の調査結果がその第一歩になれば幸いです。 |
|||||
参考文献 平井幸弘(2009)ベトナムのラグーンで何が起こっているのか? 地理, 54(8), 95-105. 平井幸弘・佐藤哲夫・田中 靖(2010)ベトナム中部タムジャン・ラグーンにおけるエビ養殖の拡大と環境問題—高解像度衛星画像を用いた湖沼環境評価—. 地学雑誌, 119, 900-910. |