ブータン便り NO.5

江口 卓

  

 10月19日から調査で、ブータン南部のチュカ県にあるダラ(タラと言うこともある)に滞在しています。ダラは、北緯26度51分50.8秒、東経89度33分37.7秒に位置し、標高は1800mで、北東向きの緩斜面上にあります(写真1)。このダラの北隣にあるゲドュも同じように緩斜面が広がり、この地域としては珍しい風景です。ゲドュは、首都のティンプーと南の国境の町プンツォリンを結ぶ幹線道路上にあり、ティンプーから車で4時間ほどの所にあります。このゲドュの南西側に位置する尾根を越えると、その先は南西向きの急斜面となっていて、展望が開けインドの平原が一望できるようになります(写真2〜4)。この急斜面を1時間30分ぐらいかけて1800mぐらい下ると、国境の町プンツォリンに着きます(写真5)。

写真1 ゲドュからみたダラ
写真中央の緩斜面上にダラの町があります。集落は斜面上部に沿って通る道路に沿って多く、斜面の中・下部には棚田が広がっています。
写真2 ゲドュから峠を越えて南西側に出た道路上(標高2000m)からみたブータンの南麓とインドの平原部
インド平原部に面した斜面は、2000m以上の急斜面となっています。平原部に白く見える筋が川の流路です。写真中央の川が平原に出るところに、手前の山の陰になっていて見えませんがプンツォリンがあります。写真左端の川が平原部に出るとことにはパサカがあり、そこの工場群からの煙が薄く映っています。
写真3 インド平原に面した斜面とその斜面上部(標高2000m付近)を通る道路
ここからプンツォリンの間は、このような急斜面が多く、かつ崩壊地も多くみられます。「落石注意」、「崩壊地域」、「沈降地域」などの看板が多くみられ、土砂崩れで片側通行となっているところもあります。雨期を中心に霧の出やすい地域なので、自動車の運転手は最も気を使う場所です。ガードレールが設置されていないところも多く、1週間ぐらい前にもまさにこの写真の付近で、インド人旅行者の車が転落する事故がありました。
写真4 平原部のパサカからみたブータンヒマラヤの南面
斜面最上部中央やや右手の崩壊地の上のやや低くなっている所が、ゲドュから来る幹線道路の峠です。写真2と3はその付近で撮影したものです。パサカは、プンツォリンから車で東に20分ほど行ったところにあり、ブータンでは数少ない工業地域です。写真に見えるのはセメント工場で、この他に、より大規模な鉄鋼などの工場群が東側にあります。
写真5 インドとの国境にあるプンツォリンゲート
ゲートの向こう側はジャイガオンというインドの町です。インド人やブータン人は出入りが自由です。出入国チェックポストはここにはなく、それぞれブータン側、インド側に入った所にあります。昔は外国人もこのゲートの行き来は自由であったと聞いていますが、現在は認められないようです。ゲートの右下の通路が、インドからブータンへの歩行者の入口です。

 ダラは、幹線道路上にあるゲドュからわき道に入り、20分ほどの所にあります。ダラには、現在所属している農業省のユシパンの研究所の支所があって、そこをベースに調査を行っています。今回の調査の目的は二つあって、前半は気候変化と生物多様性に関する聞き取り調査、後半はプンツォリン(220m)から標高3300mまでの間で、設置してある温湿度計のデータ回収と植生の垂直分布の調査です。

 前半の調査は、来年の10月にブータンで開催される気候変動に関する会議のための調査です。この会議は、南アジア連合のなかの4カ国(ブータン、インド、バングラデシュ、ネパール)が参加して開催される予定で、ホスト国であるブータンでは、その準備が始まっています。ユシパンの研究員が、生物多様性の準備チームのメンバーになっていて、ブータン全域の気候変化と生物多様性の変化について、ここ30年間をターゲットにして聞き取り調査を行うことになりました。ユシパンの研究員は南部のチュカ県を担当することになり、4つの村で調査を行いました(写真6)。

写真6 パサカでの聞き取り調査
聞き取り調査を行う農林省のスタッフとこの地域の役所の職員(右側)が、集まったこの地域の住民(左側)に聞き取り調査の内容を説明しているところです。

 後半の調査では、設置されている温湿度計のデータの回収を行い、そのメンテナンスをしています(写真7)。また、森林の調査に関しては、標高の違いによる植生の違いを考慮し、調査プロットが設定されていて、植生だけでなく関連する土壌などの調査を現在行っているところです。

写真7 カルバンディー(標高430m)の温湿度計設置地点
中央の木の葉っぱの茂っている一番下部に温湿度計が設置してあります。ここは、測器の紛失があったということで、紛失を避けるため、森林局が木材の移動をチェックするために設置しているチェックポストの敷地内にある木のやや上部に測器が設置してあります。道路の反対側に見える二つのボックスのうち、左側の木の陰になっているのが出入国のチェックポストで、ブータンの出入国の手続きはここで行います。

 現在、滞在しているブータン南部の地域は、ブータンの中でも最も湿った地域です。年降水量は、ところによっては5000mmを超えます。夏のモンスーン期を中心にインドの平原に面する南向き斜面は、毎日霧に覆われるとともに、午後から夜にかけて激しい雨が降ります。聞き取り調査を行った、斜面上の1400mにあるKamjiという村の村人は、「6月から9月の雨季には毎日のように霧に覆われ、湿度が高く、カビが生えて衣服がだめになったり、目に霧が入って視力の低下が起こる」と言っていました。また、モンスーン期の雨も激しく、時によっては雹を伴ったり、雷を伴ったりするとのことでした。「雷は、ゴロゴロという音が聞こえるのではなく、光るのと音が同時だ」と村人は強調していました。雹が降ることも多く、時には自動車のフロントガラスが割れるような大きな雹が降ることも珍しくないそうです。雹については。ダラの研究所で野菜を専門にしている研究員が記録をとっていて、それによるとダラで直径6cmの雹が降ったことがあり、農作物や農業施設など農業へ大きな被害が大きな問題になっているようです。

 ダラから2回ほど平原部のプンツォリンへ通いました。ダラでは、朝は気温が12℃ぐらいまで下がり、朝や夜には厚手のジャケットが必要です。朝は天気がいいのですが、午後になると雲が発達したり、南側の尾根を越えて霧が侵入してきたりして、日が陰ることが多くなります。毎日ではないですが、夕方から夜にかけて激しい雨の降った日もあります。これに対し、山麓のプンツォリンでは、日中の気温が30°以上になり、ここ10日ほどは雨も降らないため、非常にほこりっぽくなっています。平原部の暑さとほこりっぽさを体験すると、少々雨がふり、湿度が高く、寒くてもダラのほうがすごしやすいと思います。

 最後に、ブータンでのフィールド調査について少し書いておこうと思います。ブータンでは、研究員と調査研究を補助するアシスタントがチームを組んで調査に出かけます。アシスタントは、国立の専門学校で3年間調査のための専門的な教育を受けた人たちです。あと、研究員とアシスタントの調査補助や調査中の食事を作るために、通常は研究所の農園の管理をしていている職員(以下職員とします)が、必要に応じて同行します。今回は、研究員1人、アシスタント3人、職員1人に、私の6人で調査をおこなっています。宿泊は、研究所の支所の会議室兼図書室に寝袋で寝泊まりしています。食材は、首都のティンプーで買い込んだものに加え、必要に応じて現地で購入しています。食事は、職員が早いと5時前に起きて、朝食と昼食の弁当の用意をします。6時ごろには、甘い紅茶を職員が用意してくれて、みんな起床となります。出発は調査地までの遠近によって違いますが、遅くとも8時過ぎには出かけます。調査は、日暮れまで行うことが多いので、帰ってくるのは7時過ぎになります。それから、また甘い紅茶などを飲みながら調査のまとめをします。そして9時ごろに夕食をたべて、みんなんで腹ごなしに散歩をして、11時までには寝るというのが毎日の日課です。

 今回の調査は2週間の予定ですが、もっと長い調査もあり、その間はずっとみんな一緒なので、大変だなと思う人もいるかもしれませんが、調査中も宿舎でも、みんないつも楽しそうです。調査地に行く車の中でも、絶えず誰かが話をしていて、笑い声が絶えません。よく話題がもつなといつも感心してしまいます。みんな、フィールドに出ることが好きなんだなと強く感じます。このチームを全員つれて日本でもフィールドワークができればいいなと、つい思ってしまいます。

 この地域は、かつて森林の大規模伐採が行われた地域です。伐採とその後の経過については、機会があればまた触れたいと思います。


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